2011年10月04日

雪を踏んで山頂へ〜剱岳(2)

9/24 早月小屋〜剱岳〜剣御前小舎

前回の続き)

110924早月小屋での朝 昨晩は相当冷えたらしい...布団でぬくぬく寝ていたので分からなかったが。しかし、外に出れば空気はキンキンに冷え、手袋をしないとたちまち手がかじかむほど寒い。
とびきりの快晴、登山日和、さっそく剱岳山頂に向けて出発しよう!だがしかし、小屋の主人に、登山道は凍結していて危険だから山頂には行くな、と止められた。

110924早月小屋のシダに積もる雪

昨晩の雪がうっすらと積もっている。


110924早付き尾根から朝の猫又山

小屋の主人の言うことを聞いて、まずは2614mのピョコまで空身で偵察に行く。左手に深い谷を挟んで朝日に照らされた大きな山が見える。猫又山だ。いずれは北方稜線をたどってあそこまで行きたいものだ。


110924早月尾根のこけもも

登山道の脇にはこけももの木があった。目につきやすいせいか、あまり実がついていない。真っ赤に熟した実を見つけ、口に放り込む。すっぱ!早月尾根はこけもものほかにも、くろまめの木の実(ブルーベリー)やキイチゴがあちこちになっている。デザート代わりにプチプチとつまみながら歩く。


110924早月尾根から猫又山

日が昇るにつれ、どんどん暖かくなってきた。直接当たる日差しは暑いくらいだ。これだったら雪も融けるだろうと判断して、いったん小屋に戻り荷物を背負って剱岳山頂を目指す。もう10時を過ぎてしまった、今日は北方稜線は難しいな...。

高くなった太陽の下、猫又山は今朝とは表情を一変させている。


110924早月尾根2614mから剱岳

2614mのピョコまでは比較的緩やかな登り。しかし、その後は山頂に向かって岩の急登が続く。


110924早月尾根から大日岳

汗をかきながら登ってゆく。日差しは強く、風はなく、今朝の寒さがうそのように暑い。稜線の岩峰の合間から雲海の上に大日岳が見えた。


110924早月尾根2800m

突然目の前が開け、すぐ近くに剱岳の山頂があった。すぐ近くと言っても30分はかかるだろう。ここから、切り立った岩尾根に鎖場が連続し、剱岳の本領発揮となる。


110924早月尾根鎖場

鎖場はほぼ尾根の北側にあって日が当たらない。昨晩降った雪が岩のすき間を埋め、表面をコーティングし、ツルツル滑るところがある。鎖をしっかり握って慎重に通過する。しかし、氷点下の鎖は手が切れるように冷たい。鎖を握らないとおっかないし、握れば冷たくて手が痛いし...


110924早月尾根別山尾根合流点

別山尾根からの登山道との合流点にでた。ここまではほとんど人のいない静かな山だったが、ここからは人がウジャウジャいて、前からも後からも人の声が聞こえて賑やかだ。


110924剱岳山頂直下

頂上はもうすぐそこだ!


次回に続く)



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2011年10月05日

剱岳山頂そして夕日〜剱岳(3)

9/24 早月小屋〜剱岳〜剣御前小舎

前回の続き)

110924剱岳山頂

剱岳山頂到着。先月来たときには雨が降っていて視界がなく、人もいなかった。しかし今日は大入りの国技館のように、頂上に大勢の人がみっしり並んで座っている。私が座る場所もない。後立山から立山、槍穂、黒部源流地帯に至る北アの山々の眺めはすばらしいが、あまりにも人が多くてパノラマ写真を撮る気になれない。とりあえず祠の写真を撮る。


ゆっくり登ってきたので時はすでに1時をまわっている。これから北方稜線は厳しいので、別山尾根から剣御前小舎まで下ることにする。


110924剱岳カニの横ばいの渋滞

むむ、これが噂に聞く、カニの横ばいの渋滞か。岩溝に挟まって20分ほど順番を待つ。天気が良く景色もすばらしいので、待つのも苦にならない。


110924剱岳カニの横ばい

カニの横ばい。高度感のある垂直に切り立った岩を鎖でトラバースする。前回は私のフラットソールになりかけた靴が、雨でツルツル滑ってかなり力技で下りた。今日は岩が乾いていて何の問題もない。


110924剱岳平蔵の頭

行く手には恐竜の背中のような平蔵の頭が立ちはだかる。ここから見るとかなり恐ろしい所を登るように見えるが、近づけばたいしたことはない。


110924剱岳鎖場

はしごや鎖が続く。良く整備されているので問題なく下る。


110924前剱岳から剱岳

前剱岳から剱岳を振り返る。ここまで来れば後はたいした鎖場もなく、のんびり山歩きになる。


110924剱沢

剱沢がどんどん近づいてくる。しかし今日は剱沢には下りず、くろゆりのコルを経由して剣御前をトラバースして剣御前小舎に至る道を行く。


110924夕日に映える剱岳

うんざりするほど平坦で長いトラバース道を歩く。日が暮れてきて寒い。剣も赤く染まっている。なんだかわびしい。

とぼとぼと歩いていると、仲間が突然、バタバタと飛んできた雷鳥に襲われる。雷鳥が飛ぶのをはじめて見たが、雷鳥に襲われる人もはじめて見た。


110924剱岳ちんぐるま

あたりに花はなく。ただただチングルマ。もの寂しい。


110924剣御前小舎 寒くて走り出したくなった頃、やっと剣御前小舎が見えてきた。小屋の屋根が夕日に染まっている。もしかしてもう日が沈むのか?沈む夕日を見るために、小屋に向かってあわてて走り出す。

110924剣御前小舎からの夕日

日没になんとか間にあった。オレンジ色の夕日が山を、雲を、そして自分もすべてオレンジ色に染めてゆく。久しぶりに見た美しい夕日。


110924剣御前小舎の食事 すっかり体が冷え、我慢できなくなって小屋に入る。すぐに夕食にありついた。うまい!特に野菜のたくさん入った具だくさん味噌汁がうまい!一気飲みしておかわりをする。

次回に続く)



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2011年10月07日

長〜い、内蔵助谷〜剱岳(4)

9/25 剣御前小舎〜内蔵助山荘〜内蔵助平〜黒部ダム〜扇沢

前回の続き)

110925夜明けの剣御前小舎

夜明け。まだ日が明けやらぬうちに小屋を発つ。今日は下山だ。室堂に下りればすぐだが、アルペンルートは交通費が高い。そこで黒部ダムへ下山。足で稼ぐことにした。

秋の3000級の稜線は寒い。手袋、帽子と完全装備で出発。


110925別山からの朝日

小屋から真砂岳への縦走路は、稜線沿いに別山に登る道と、山頂を巻く道がある。日の出が見たいので別山を登り始めたが、どんどん明るくなる。あわててザラザラの斜面を駆け上り、息も絶え絶えに山頂に着いた時には、ちょうど日が出てしまったところだった。


110925朝日に染まる立山

立山の山々も赤く染まっている。


110925内蔵助山荘 朝の内蔵助山荘。ちょっと主稜線から外れているが、非常にロケーションのいいところに建っている。

110925内蔵助山荘の流しの氷小屋の水場には分厚い氷が張っている。

110925内蔵助カールの雪渓

内蔵助山荘から、崩れやすいザラザラの斜面を内蔵助カールに下りる。この雪渓は化石氷体と言って氷河の名残だ。まるでアンデスの砂漠の塩湖のような、日本離れした風景。


110925内蔵助カールのモレーン

内蔵助カールのモレーンの上を歩く。ここから内蔵助平まで長い下りが始まる。とりあえず、風も弱く、天気もよく、ルンルンと歩いてゆく。


110925内蔵助平への道のロープ ルンルン気分はどこかへ行ってしまった。稜線から内蔵助谷までおよそ1000mを一気に下る、とても急な下りだ。刈り払いは入っているものの、ところどころ藪っぽく、木の根に足を取られ、岩は苔でツルツルすべり、随所にロープが張ってある。このロープのすぐ左側はすっぱり切れ落ちた崖だ。滑って転んだら大変なことになる。

110925内蔵助平への道樹林帯 下れば下るほど藪っぽくなる。おまけにやたら蒸し暑い。今朝の寒さがうそのようだ。

110925内蔵助平への道クロマメノ木

藪は悪いことばかりではない。道の両側にはクロマメノ木(ブルーベリー)がわんさか生えている。ちょいちょいつまみながら、大きいのが甘いだのなんだの、クロマメノ木評論家になって下りる。


110925内蔵助平が見える

藪が途切れ眼下に内蔵助平が一望できる。内蔵助平ってどんなところだろう?

地図で見ると、3000m級の山々に挟まれた急峻な谷のそこに、そこだけ不釣合いなまっ平らな平野が広がっている。荒地の地図記号が書かれている。おそらく内蔵助谷と真砂沢の出合が、内蔵助カールからの厖大な土砂によって埋め尽くされてできたのだろう。不思議な場所だ。


110925内蔵助平への道雪渓

だいぶ下りてきたが、まだこんなに大きな雪渓があった。さすが世界有数の豪雪地帯。真ん中のあたりはかなり崩壊しているので、上流へ大回りして雪渓を横断する。横断しきってちょっと上がったところに、畳のような平らな岩があり、休憩にもってこい。


次回に続く)



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2011年10月08日

内蔵助平から旧日電歩道へ〜剱岳(5)

9/25 剣御前小舎〜内蔵助山荘〜内蔵助平〜黒部ダム〜扇沢

前回の続き)

110925内蔵助平への道お花畑

内蔵助平は見えてもなかなか着かない。うんざりするような下りが続く。あち〜、まだか〜、うんざりだ〜、とブツブツ言いながら下っていく。と、突然、沢沿いに大きなお花畑が現われた。神様が私を慰めてくれたのか?シシウドからアザミまで色とりどりの花が、まるで夏のお花畑のようにわんさか咲いていた。このルートの見どころの一つだと思う。


110925内蔵助平に到着 ヌルヌルする道を下り、いくつも小さな沢を横切り、やっと内蔵助平到着。内蔵助山荘から3時間半。右は真砂沢、左は内蔵助谷出合を経て目指す黒部ダム。ここから少しは道が良くなるかと期待したが、ご覧のとおり道標が朽ちかけているような道だ。

110925内蔵助平は藪の原

内蔵助平...それは緑の地獄。谷底の平原は低潅木の森、そして背丈を越えるネマガリタケが壁のように密生する視界ゼロの藪だった。道はしっかりつけられているが、足元は沢だったり泥地だったりする。この藪に突入すれば10mも行かないうちに方向感覚をなくすだろう。地図とコンパスを使って進んだとしても、100m進むのに2、30分くらいかかりそうだ。よくもまあ、こんなところに道を作ったな。


110925内蔵助谷に沿った道 内蔵助谷に沿って、小刻みにアップダウンを繰り返し、ときにはロープを伝い内蔵助谷出合へ下ってゆく。雨のときには歩きたくない道だ。

110925丸山の岩壁

内蔵助谷の左岸は、南東壁が黒部の魔神と呼ばれる大タテガビン、右岸が黒部の巨人と呼ばれる丸山東壁、両岸が圧倒たる岩壁となっている。岩壁を見上げ、威圧感を受けながら歩いてゆく。


110925内蔵助谷黒部川合流点

内蔵助谷の小さな枝沢を渡ると、黒部川本流が見えてくる。黒部川の岩壁の威圧感も相当なものだ。すぐに黒部川と内蔵助谷の合流点、内蔵助谷出合となり、道は旧日電歩道と合流する。


110925旧日電歩道の滝

旧日電歩道は良く整備された快適な道だ。この道は、もともと日本電力株式会社が昭和4年に電源調査のために小黒部谷〜平ノ小屋間に開削したものだ。今では関西電力が登山道として毎年整備している。深く切れ落ちた急峻な地形で、土砂崩れや雪崩が多いため、整備のために多大なお金と労力をかけているとのことだ。


110925旧日電歩道は黒部川に沿って延びる

う〜ん、絶景かな絶景かな。


110925旧日電歩道の大文字草のかたまり

なんだ?黒部は大文字草のスケールも違う。ひっそり咲く可憐な花というイメージがあったが、花束のようになって咲いている。でも良く見ると長い花弁が1枚しかないから別の花かな?


110925黒部ダム

ついに今回の終点、黒部ダムが見えてきた。観光放水の真っ最中で、巨大なコンクリートの壁から、爆発しているかのような勢いで水が出ている。これが見たかったのさ。


110925トロリーバス乗り場に出た 黒部川にかかる意外としっかりした橋を渡り、最後の難所、黒部川右岸につけられた、黒部ダム駅までの標高差約150mの九十九折りの道を登る。登りきった所を矢印に導かれてトンネルに入ると、トロリーバス乗り場だった。まだ切符買ってないぞ。

110925牛肉弁当 連休最終日にもかかわらず、心配していたほどアルペンルートや扇沢からのバスは混んでいなかった。途中、大町温泉で汗を流した後、松本に出て帰京の途につく。あずさの中で牛肉弁当とビールで乾杯。

(剱岳〜完)



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2011年10月09日

釜石市へ〜遠野まごころネット再び(1)

9/29 遠野駅〜遠野総合福祉センター〜釜石市〜遠野総合福祉センター

この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、今なお震災の深い傷跡の残る被災地の様子を伝えるために、許可を得て撮影しました。写真を見た方は今一度、何かできることはないか考えてみてください。


110929遠野駅に下り立つ ほぼ半年ぶりに早朝の遠野駅に立つ。6月のボランティア参加(「災害ボランティア参加〜遠野まごころネット(1)」)後もずっと被災地のことが気になっていた。震災から半年がたって、人々の震災の記憶が薄れつつあり、ボランティアの数も減っているという。
気にするくらいなら行けばよい、と言うことで再び復興支援NGO「遠野まごころネット」に参加してボランティア活動をすることにした。

110929遠野市早瀬川を渡る

遠野駅からボランティアセンター(遠野市総合福祉センター)まで徒歩で15分くらい。途中、遠野市を横切る早瀬川を渡る。天気予報は晴れ時々曇りだが、ここは深い霧。天気が悪いと活動が制限されるので雨だけは降らないで欲しい。


110929遠野市総合福祉センター近くのコンビニ ボランティアセンターに行く途中、国道283号線沿いにあるコンビニ。ここでお昼ご飯を買う。
国道沿いにはコンビにだけでなく、スーパーマーケットや飲食店、作業服の販売店まである。生活には困らない。

ボランティアセンターで受付をして、安全靴などの装備を袋につめ、作業の準備をする。前回は勝手が分からず戸惑ったが、今回はサクサク進む。7時半からの朝礼では代表より、仮設住宅に入居された被災された方々は、経済的に厳しい状況にあるとの説明を聞く。被災地での安全性についての説明は、今回だいぶ端折られていてピリピリとした緊張感は薄れてる。各作業隊の隊長の挨拶では半年前と同じ顔も見える。ご苦労さま。


今日は、特に復興支援が遅れているという、釜石市箱崎地区でのガレキ撤去を希望した。


釜石市箱崎地区は釜石市街の北の半島にある集落だ。半島全体が震災で沈下し、今なお沈下し続けている。そのため、満潮時で天気が悪いときには、集落へ続く海岸沿いの道は波をかぶり集落への道は絶たれる。そして行政による復興計画も最近まで立たず、行方不明者の捜索やガレキの撤去が遅れたそうだ。


110929小学校屋上より釜石市箱崎地区

箱崎の小学校の屋上からの海岸線。写真撮影はこの構図のみ許可されている。


更地になっているところは建物が津波によって海に流されてしまったところ。鉄筋コンクリートの建物数棟だけが残っている。この写真を撮った小学校の3階屋上も津波をかぶったということだ。写真に写されていない方向には、半壊した家並みが放置されている。6月の陸前高田のような状況だ。


箱崎地区にはまだ重機が十分入っていないため、ガレキ撤去はボランティアが主体だ。軽トラックをガレキの山に近づけるための、道路を作る作業を行った。すっかり晴れて暑い中、ボランティアのみんなは黙々と雑草を刈り、細かいガレキを土から掘り出し、道路を整地していた。


今日、私がガレキ片付けのお手伝いをしてきれいにした家や、ガレキを運ぶために作った道は、これから重機が入ればあっという間に更地にされてしまうかもしれない。結果だけ見れば、我々のやっていることはムダのように見える。しかし、隊長は訥々と語っていた。

「形だけみれば我々のやっていることはムダになるように思える、しかし、今、この時に被災した方々は自分の家を片付けて欲しいと思っている。だから、今、この時に被災した方々の思いに応え、安心して頂きたいというのが我々の思いだ。我々は行政よりも被災した方々の近くにいるのだ。」

なんてかっこいいんだ。


作業の後、住民の方々から差し入れを頂いた。地元の料理と袋いっぱいのサルナシの実だ。役立っているという実感が湧いて、ただただうれしい。


110929釜石市市内

釜石市内にも未だ生々しい津波の傷跡が残る。商店街の建物の1階部分は津波に襲われて、黒く廃屋のようになっている。傾いてしまって取り壊しを待つ建物もあちこちにある。戸口に犠牲者発見の×印が残っている建物もある。潰された自動車が空き地に置かれている。そのような状況のなか、釜石市の人々は暮らしている。

写真に写っている濛々とした白い煙。集められたガレキを焼く新日鉄の煙だ。


なんでいつまでもこんななんだろう。どうしたらいいのだろう。答えられない問いについて考えつつ、ボランティアセンターへの帰途に着く。


110929吉里吉里善兵衛 明日も頑張るぞ!と夕食をガッツリとる。ボランティアセンター近くのとんかつ屋「吉里吉里善兵衛」。980円のカツ定食にサラダバーがついている。カツもやわらかく980円とは思えぬうまさ。

次回に続く)



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posted by 惰性人 at 16:41 | コメント(2) | トラックバック(0) | 震災復興支援
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