2011年10月11日

陸前高田再訪〜遠野まごころネット再び(2)

9/30 遠野総合福祉センター〜陸前高田市〜遠野総合福祉センター

前回の続き)

この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、今なお震災の深い傷跡の残る被災地の様子を伝えるために、許可を得て撮影しました。写真を見た方は今一度、何かできることはないか考えてみてください。


110930ボラセンの朝礼 毎朝7時半から朝礼が始まる。続々と人が集まる。今日の参加者はおよそ220人。富士通からの50人をはじめ、参天製薬、マックスバリューと企業から派遣された団体が目立つ。うちの会社もちょっとは見習ったらいいのに...。20人ばかりの外国人の集団もいた。日本のためにありがとう。
今日は前回ガレキ撤去をした、陸前高田での畑でのガレキ撤去を希望する。午後から雨の予報に不安。

110930川の駅の震災前の陸前高田の写真

遠野から陸前高田までバスでおよそ1時間。途中、「川の駅よこた」で休憩をとる。壁には震災前の失われてしまった陸前高田の写真が張られている。写真撮影をしていいと書かれているので撮らせていただく。


川の駅よこたをすぎると、徐々に津波の傷跡が目に入るようになる。落ちてしまった大船渡線の橋はそのまま。しかし、そこから河原一面を埋め尽くしていたガレキはなくなっていた。家の残骸や木の枝で地面が見えなかった場所とは思えない、グラウンドのようになっていた。やはり5月以来の2度目の陸前高田となるバスの隣の席の男性といっしょに、良かった良かった、と徐々に復興している姿を見て喜ぶ。


110930陸前高田市中心部

陸前高田市中心部。かつては大船渡線の陸前高田駅があり、商店や住宅のならぶ市街地だった。鉄筋コンクリートの建物を残して津波にさらわれた。そのうえ、土地が沈下し湿原のようになっている。

ガレキは重機によって撤去されている。


110930陸前高田の小学校 撤去されたガレキは仮置き場に、残された建物と同じくらいの高さに積み上げられている。ここは小学校の校庭。津波はこの小学校も飲み込んだ。

110930陸前高田での杉の皮むき 現場について作業開始。かつては住宅地だったが、ガレキを撤去して更地になった場所を農地として利用するための作業。私は作業小屋を建てるためのお手伝いで杉の皮をむく。津波で枯れた杉の木を伐採して木材として使う。津波を受けた杉林は、たとえ倒されなかったとしても赤く枯死する。
他の人々は畑の中のガレキを拾う。土を掘っても掘ってもガラスの破片がでてくる。

天気が悪いためいつもより1時間早く作業を終了する。最後に地区長さんから差し入れのミネラルウォーターを頂くが、ボランティア全員に水を配ったらかなりの額になりそうだ。複雑な気分ながらありがたく頂く。


ボラセンに戻ると全員参加のミーティングがある。今日の出来事や、今後の注意事項を報告する。被災した方々の生活の場が避難所から仮設住宅に移り、孤独死や自殺が問題になりつつあるとの話を聞いた。


110930宝介の豚骨ラーメン 今夜も明日のためにガッツリ食べよう。自転車を借りてラーメン屋、宝介へ。豚骨ラーメンを頼む。ご飯とサラダ、キムチが食べ放題なのがありがたい。

110930アクティーマーケットプレイス ボラセンのすぐ近くにある巨大スーパー、アクティーマーケットプレイス。パチンコ屋か?と思ったがあなどれない。海外の巨大スーパーマーケット並みの巨大さ、品揃え、おまけにめちゃくちゃ安い。豆腐3丁78円とかさんま6匹298円とか。今買うわけにはいかないけど...
とりあえずギネスビールを買う。

次回に続く)





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posted by 惰性人 at 22:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 震災復興支援
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