2011年12月23日

冬山への準備

111223アイゼンの歯を研ぐ 本格的な冬山シーズンに向け準備をした。
まずはアイゼンの歯を研ぐ。(あれ?「歯」じゃなくて「刃」?)縦走とアイスを兼用にしていて、アイス向けにきっちり研いだアイゼンで、普通に地べたを歩くもんだから痛みが激しい。年々、確実に歯が短くなってゆく...アイゼンは消耗品だ。本当は専用のアイゼンが欲しいんだけどね...





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2011年12月27日

とりあえずジョウゴ沢で〜八ヶ岳・アイスクライミング(1)

12/24 美濃戸〜赤岳鉱泉〜ジョウゴ沢F2〜赤岳鉱泉

111227八ヶ岳・出発 飲んだ勢いで「今年の年末は甲斐駒、黄蓮谷だ〜!」と言ったものの、そもそも私はへなちょこクライマー、おまけに今年はほとんどザイルに触っていない...。先輩にお願いして八ヶ岳にアイス・クライミングの足慣らし(手慣らし?)に付き合ってもらう。
薄暗い早朝5時半に家を出て、徹夜で遊んでいた若者で混み合う列車に乗る。ちぐはぐなアックスを爆発したザックにくくりつけて、電車にのる私は完全に場違い...。

111227八ヶ岳・美濃戸口には雪がない 高速道路もスイスイとこなし、昼前に美濃戸口に到着。ここから美濃戸に至る林道は、雪が積もっているとスリップして登りにくい坂道があるが、今日は全く雪がない。

111227八ヶ岳・赤岳鉱泉への林道 美濃戸に車を止め赤岳鉱泉に向けて歩き始める。さすがにここまで来ると林道に雪が出てくる。しかし、風もない穏やかな天気で、オーバーウエアのチャックを開けて、まるで春山のようにルンルンと歩く。

111227八ヶ岳・行動食はアンパン 1時間歩いて林道終点で休憩。行動食はあんぱん。荷物に余裕があるときは必ず持っていく。カロリーが高いし、凍りにくいし、無理やり押し込んでつぶれても食感はあまり変わらないし、なによりおいしい!

111227八ヶ岳・沢も凍っている

林道から先の登山道はさすがに冬山だ。オーバーウエアのチャックを上げ、ニット帽を深くかぶる。沢は凍り、その上に雪が積もっている。沢を覆う氷は実に様々な形、クラゲみたいだったり、剣山だったりして見ていて飽きることはない。


111224八ヶ岳・大同心が見えてきた

沢を右に左にいくつもの橋を渡ると、前方の視界が開け大同心が見えた。美濃戸周辺の針葉樹の森も八ヶ岳っぽいのだが、大同心を見るといつも八ヶ岳の核心に来たな〜、という感じがする。明日はあの根元まで行く予定。


111224八ヶ岳・赤岳鉱泉アイスのゲレンデ

美濃戸から2時間ちょいで赤岳鉱泉到着。なんてアプローチがいいんだ!赤岳鉱泉のアイスクライミングゲレンデには、いつものようにクライミングを楽しむ人が張り付いている。装備は小屋で貸してくれるらしい。

サイト場はテントで一杯で、夏ならテントを張れないような場所まで埋まっている。最近の山ブーム恐るべし。クリスマスは街より雪山か...。ちょうど撤収しようとするパーティーがいたので、場所をゆずってもらって我が家を建てる。


111224八ヶ岳・ジョウゴ沢出合 テントを建て終わって一息ついたら2時だった。半端な時間だ...でも宴会に突入したい気持を抑えて、せっかくだからと、とりあえずジョウゴ沢に向かう。
赤岳鉱泉から硫黄岳に向かう道を行き、途中の3本目の沢に入る。ここがそのジョウゴ沢出合だ。

111224八ヶ岳・ジョウゴ沢F1

ジョウゴ沢の最初の滝F1。今年は雪が少なく、滝がまるまる露出している。傾斜も緩く、高さもないのでフリーでスイスイと越える。でも久しぶりなので、アックスが氷に刺さる感触がちょっとつかみ切れず、なんとなく不安。


111224八ヶ岳・ジョウゴ沢F2

ジョウゴ沢F2。去年はここにトップロープを張って、なんども練習したが、今年は氷が薄くそんな雰囲気ではない。ちょっと離れたところからでも、氷の下を流れる水流が見える。とても登る気にならない...。時間も3時を過ぎたことだし、写真だけ撮って来た道を戻る。


赤岳鉱泉に張ったテントに戻って、即宴会に突入。赤岳鉱泉は週末を楽しむにはとてもいいサイト場だ。駐車場から2時間ちょいで、アプローチがいい。途中の登山道に危険な場所はない。小屋で水が手に入るので水をつくる必要がない。トイレもある。尾根に挟まれた窪地のような地形で、風が当たりにくく、比較的暖かい。そしてなにより、気軽に楽しめるクライミングスポットがたくさんある。


明日はこの冬最強の寒気が入って、強い冬型の予報だ。そんなとき、季節風がモロに当たる八ヶ岳の稜線は吹雪のことが多い...。晴れなくてもいい、風が弱い日になりますように。


(次回に続く)



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2011年12月28日

裏同心ルンゼで凍える...〜八ヶ岳・アイスクライミング(2)

12/25 赤岳鉱泉〜裏同心ルンゼ〜赤岳鉱泉〜美濃戸

前回の続き)

111225八ヶ岳・裏同心沢 昨晩はサラサラとテントを打つ雪の音が聞こえていた。5時に起床して表に出ると、どんよりと曇って小雪が舞っている。今年一番の冷え込みとのことだが、風は弱く、とりあえずアイスクライミングには支障がない。念のため両手にはめた厳冬季用グローブの内側に張るホッカイロを入れる。
熱々のモヤシラーメンを腹に詰め込み、新雪でトレースの消えた裏同心沢(裏同心ルンゼ)に入る。

111224八ヶ岳・ガスの切れ間の大同心

沢の中はほぼ無風だが、稜線では風が強いらしく、ガスがめまぐるしく形を変える。そして、ついにガスの切れ間に大同心の全容を見ることができた。今日はこの沢を詰め、あの大同心の付け根まで上がる。


111225八ヶ岳・白銀の裏同心沢

3mほどのF1はフリーで登っていたら途中で手がパンプ(疲れて張って動けなくなってしまうこと)してしまい、一度下りて登り返すという情けない状態。それでもそのときはまだ良かった。登るにつれて気温がどんどん下がり、風も強くなってゆく。滝の氷は固かったり、もろかったり、初心者の私には扱いにくい。先行するパーティーも難儀しているようだ。


111225八ヶ岳・裏同心沢霧氷

もはや風はゴゴゴーと沢を吹き上げてくる。赤岳鉱泉のあたりでは黒々としていた森も、ここでは完全に霧氷に覆われ真っ白だ。風上側のほっぺたが切れそうに痛い。


111224八ヶ岳・裏同心沢のつめ

最後の垂直の滝を越え、ついに裏同心沢の終点にやって来た。白い雪と黒い岩のモノトーンの世界。ある意味最高に美しい。この右の急斜面を登り切れば、大同心の基部だ。

気温はおよそ−15℃。最後の滝の下でトップが登っているのを眺めていた時から、左手の感覚がない。アックスを握っている感覚もよくわからない。最後の滝はアックスが効いているのかわからなかったので、かなり騙し騙し登った。何を隠そう、私はかなりの冷え性だ。手袋に入れたホッカイロは寒すぎて冷たくなっている...。ジャケットのポケットに入れてあった水筒の水も凍っている。なるべく風が体に当たらないように、風上にザックのある背中を向ける。


そして、ポケットに入れてあったカメラも凍った...。正確に言えばカメラの電池が凍った。これからが絶景なのに。電源を入れても一瞬液晶がつくが、すぐに電源が切れてしまう。S95は弱すぎる...P50+エネループは-39℃の漠河でもかなり頑張ったのに。


画像がないため、ここからは音声のみでお伝えします。


「きびし〜、顔が凍る〜、ピッケルが握れない〜、早く帰ろうよ〜」

「でも、大同心がすごいだろ!」

「おお、すげー!覆いかぶさるようなド迫力だー!黒い岩壁と岩にへばりついた白い氷のコントラストもきれいだ!」

「ガスに見え隠れする岩峰群も、ドピーカンよりかえって趣があっていいですね〜。」

「よし、もう一回写真にチャレンジするぞ...ああっ!やっぱり電源が入らない...」

「おい、寒いからもう下りるぞ!」

「...」


111225八ヶ岳・赤岳鉱泉

大同心の基部から大同心稜を下りる。夏道はないが快適な雪の尾根道だ。赤岳鉱泉まで下りると、さっきの厳しさがうそのようなのどかな風景。デジカメもやっと復活した。


111224八ヶ岳・ねじれたつらら 正午を回っていたので、お茶を一杯飲み、テントを畳んでさっさと下山にかかる。
途中、へんなつららを発見。薄いガラスのようなつららが、ねじれて風になびいていた。

111225八ヶ岳・針葉樹の森

林道に出れば車の置いてある美濃戸は近い。林道は針葉樹の森を行く。雪が積もった静かな森は、ハリーポッターに出てきたイギリスの森のようでもあり、漠河で見た極寒の森のようでもある。


111225八ヶ岳・山クラゲ 冷え切った体を温泉で温めて...いや、ニット帽をかぶり続けてペッタリとしている、髪を洗って帰る。美濃戸口から一番近い「もみの湯」に入る。
最近では温泉だけでなく、そこで売っている地元の産物を買うのも楽しみ。赤米のシュウマイと山くらげを買った。山くらげはレタスの仲間で、これをキンピラにすると、干瓢のような見かけで、でもコリコリとした歯ごたえ、ちょっと蕨のような旨みがあっておいしい。

温泉につかっても家に帰っても指が痛かった。左手の薬指がしもやけのように赤黒くふくれている。中指の先もビンビン痛い。軽い凍傷のようだ...甲斐駒の足慣らしのために行ったのに、これでは甲斐駒は無理だ...




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2011年12月31日

どんな年でしたか?

KARAってダンスユニットなの?安室奈美恵 with SUPER MONKEY'Sと比べたらお遊戯じゃん!?などとつまらない突込みを入れながら、久しぶりに紅白を見ている。


去年の今ごろは風邪をひいてプエルト・ナタレスの安宿のベッドでうなされていた。その前の年は、極寒の漠河からヨレヨレになって北京に向かっていた。


今年は初めて海外に行ったとき以来、初めて海外旅行に行かない年になった。それは懐に余裕がなかったのが直接の理由。なぜ余裕がなかったかと言えば、ひとつは勤め先が万年赤字企業から抜け出せず、ボーナスと給料のカットが続くから。そしてもうひとつは、余裕のある分は震災復興支援にだいぶまわしてしまったからだ。


誰がなんと言おうと、今年は震災の年だった。


たくさんの人が頑張っていた。

被災した方々は、悲しみ、生きる辛さをじっとこらえ、耐え、そしてときには笑みを浮かべながら頑張っていた。消防、警察、自衛隊、医療関係者、その他たくさんの人が救助に向かった。自分の身を犠牲にした人もいた。天皇陛下や皇族の方々は、すぐ被災地に向かい、被災者ひとりひとりにお声をかけ励まされた。多くの芸能人やスポーツ選手が支援のために被災地に入って人々に勇気を与えた。被災した自治体の職員は寝る間もなく復旧に当たった。そして、多くの義援金が寄せられ、ボランティアが被災地で汗を流した。世界中から支援の手が差し伸べられた。


人間ってすばらしいと思った。


一方で残念なことも。


とても多くの人が被災した方々を支えるため、日本を復興するために頑張った。しかし、それ以上に多くの人が何もしなかった、あるいは、できなかった。


被災していない地域に住み、被災地を訪れた人の数はたかが知れている。私の周りを見れば明らかだ。まあ、被災地を訪れて応援するのは敷居の高いことかもしれない。

被災地に寄せられた義援金は2000億円強と言われる。この中には台湾からの200億円や孫社長の100億円、ユニクロからの10+14億円など、大口の義援金が含まれている。そういった大口の個人や企業の義援金を除いてしまえば、おそらく国民一人当たりの義援金は数百円くらいじゃないだろうか?ふつうに募金箱に入れる金額と一致しそうだ。

はっきり言って数百円の義援金はチリのようなものだ。気持は尊い。だがほとんど貢献しない。被災した家屋は20万戸以上と言われている。1人数百円払ったところで、ひと部屋にもならない。


私の知り合いに言ったら、余裕がないから、と言っていた。その言葉を被災した方々の前で言えるか聞いてみたかった。肉親を家をすべてを失くし、呆然と立ちすくんでる人の前で。


思うに、日本人の想像する力が弱くなっているのだろう。それで、震災の悲惨さを想像して、自分のものとして感じることができない。人ごとだと思ってしまう。それは普通の人々に限らない。被災地支援そっちのけで政争に明け暮れる政治家や、利権を守ろうとする官僚や財界、電力会社も同じだ。

サンデル教授が、困っている身近な人を助けたいと思うのに、もっと困っている遠くアフリカの人を助けたいとなかなか思えないのはなぜか?と問うたことがあった。そうすると、多くの日本人にとって、東北の人はアフリカの人と同じなのか...


振り返って自分はどうだったか?

ん〜、できることはやった、と自信を持って言うことはやっぱりできない...。でも、3月に最初に決めた、いつも山にかけるお金と時間の半分を支援にまわす、ということはやり遂げたと思う。一種のお茶断ち+資金の捻出だ。それで、今年は山行回数を減らし、ジムにも行かず、海外にも行かず、代わりに義援金を送り、ボランティアに行った。

ボランティアは思った以上にお金がかり、あんまり気楽にできるものじゃない。でも貴重なことをたくさん学び、人生に大きなインパクトのある体験をした。行ってよかった。


さて、今年はあなたにとって、どんな年でしたか?




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