2007年05月01日

砂漠の遺跡を巡る・・・中国シルクロードの旅(6)

6日目 敦煌(ヤルダン、漢長城、玉門関、陽関、敦煌故城)

今朝はホテルの前の店で蘭州牛肉麺の早い朝食をとり、敦煌ツアーに出かけた。1日で砂漠の中を往復300kmほど大移動するツアーだ。マイクロバスと聞いていたが、参加者が少ないため乗用車になり、我々以外は中国で働いているという日本人ひとりで、気楽な貸しきり状態になった。

街を出ても左側には鳴沙山から続く砂丘が延々と続いている。20kmくらいはあろうか。やがてダムがみえると右折し、砂漠のど真ん中を進んでいく。まったくなんにもない荒野を真っ直ぐ、おそらく60kmほどすすむと、地平線にぽつんとゲートが見えてきた。そこは玉門関の料金所だった!街から数十キロ離れた、砂漠のど真ん中にゲートがあって係員が料金を徴収している。ご苦労なことだ。

070531ヤルダン 玉門関のゲートからさらに60kmほど行くと世界地質公園(ヤルダン)にたどり着く。ここも砂漠のど真ん中にりっぱなコンクリートの博物館が建っている。そこからカートに乗り換えて、砂漠の砂と風が作り出した奇妙な侵食地形を見てまわるのだ。
それにしても砂漠の日差しは強い。

070531漢長城 来た道を戻り、途中にある漢長城に寄る。明代の長城の西の端は嘉峪関だが、漢代まで遡れば長城はここまで延びていて、ここが西域との中華帝国の境目だった。
崩れかけた土壁が途切れ途切れに砂漠に延びている。今、ここに残っていることがすごいと思う。

070531玉門関 中国の歴史に幾度となく登場する玉門関。現在の敦煌の街はおよそ100kmほど離れているが、当時はこのすぐ東側が敦煌であり、その城壁の門が玉門関だった。西に旅するものが往来した門も、今は砂漠の真ん中にぽつんとレンガの塊が残っているだけである。

玉門関からさらに来た道を戻る。午後になり気温が上がり、日差しも強く、あまりの暑さのため車の窓ガラスに紙を張って日差しをさえぎる。遥か遠くにかすんだ山々が見えるだけで、360度さえぎるものはなく、乾いた荒野が続いている。地平線には蜃気楼の海がほぼ途切れることなく、ぐるりとつながって揺らいでいる。まるで大きな島にいるかのようだ。

途中、オアシスの小さな街によって昼食をとった。川魚のから揚げが名物ということだ。癖がなく美味しい。あたりには葡萄の畑が広がっている。

070531陽関 敦煌のもう一つの関、陽関に行った。峰火台のみ当時のまま残っていて、博物館が併設され長城やシルクロードについて学ぶことができる。
「西のかた陽関を出ずれば故人無からん」と王維は詠んだが、まさに陽関から眺める西に広がるタクラマカン砂漠の景色は別世界である。

さらに映画「敦煌」の撮影のため建設された敦煌故城によって街に戻った。西千仏洞も行ってみたかったが、とりあえず今日は盛りだくさんで満足だ。

参考
ツアー 150元
入場料
世界地質公園 40+20元
玉門関 45元
陽関 40元
敦煌故城 30元






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