2012年02月16日

厳冬期の遠野へ〜遠野まごころネット4回目(1)

2/9 秋葉原〜遠野駅

冷たい北風の吹く秋葉原駅で岩手交通の遠野行きの夜行バスを待つ。去年の10月以来、久しぶりの遠野だ。言わずと知れた「遠野まごころネット」でのボランティア活動が目的だ。

遠野では最低気温が−10℃を下回る日もあるという。なぜこんなときに行くのか?それはこの寒さでボランティアが少なくなっていると思ったからだ。こんな時こそ冬山に慣れたヤマヤの出番だ!


120209遠野ボランティア・夜行バス バスは10分以上遅れてやってきた上に、上野駅で乗り遅れた乗客を10分近く待ったために、出だしからかなり遅れている。まあいい。今日は一杯飲んで寝るだけだ。
今回はどんな出会いがあるだろう。復興の芽が出始めた被災地との再会、被災された方との出会い、そしてボランティアたちとの出会い...。うつらうつらとしながらそんなことを考えているうちに寝てしまった。

ボランティア1回目:災害ボランティア参加
ボランティア2回目:釜石市へ
ボランティア3回目:なぜボランティアに行くの?
ボランティア4回目:弾丸ボランティアバス

次回に続く)





このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

posted by 惰性人 at 00:22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 震災復興支援

2012年02月17日

大槌町の復興の芽〜遠野まごころネット4回目(2)

2/10 遠野駅〜浄化センター(遠野まごころネット)〜大槌町〜浄化センター

前回の続き)

この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、被災地やボランティアの様子を伝えるために許可を得て撮影しました。被災地は今なお復興の途上であり、たくさんの人々が頑張っていることを心に留めておいて下さい。


5:40に目が覚めた。6時に遠野駅に到着のはずだが、6時を過ぎてもまだバスは走る。寝過ごしたかと思ったが、どうも雪のため到着が遅れているらしい。気を取り直してサンドウィッチを食べる。


120210遠野ボランティア・早朝の遠野駅 6時半くらいに遠野駅に到着。吹雪、まだ薄暗い。ばらばらとバスから乗客が下り、大きな荷物を持って同じ方向へ歩き出す。皆ボランティアだろう。その中のひとりと話をしながら、まごころネットの新しい拠点、浄化センターに向かって、凍ってツルツルの道を歩き出した。

120210遠野ボランティア・まごころの拠点は浄化センターに移った まごころの拠点は12月に総合福祉センターからこの浄化センターに移った。ボランティアが減っているので、宿泊所は空いているかと思ったが、宿泊所自体が狭くなっていて、荷物の置き場に困るほど混雑していた。
雪の中で朝礼。ボランティアが少ないので作業の分担もサクサク進み、15分ほどで終了。いつものようにバスに乗り被災地に向かう。今日は11月に側溝の泥だしをした大槌町だ。

120210遠野ボランティア・バスで大槌へ向かう

車窓から見る大槌町は3ヶ月前と何も変わっていないように見えた。見渡す限り土台だけの家で埋め尽くされた平野、焼け焦げたビルが建ち並ぶ街...


120210遠野ボランティア・大槌の作業現場

午前中の作業は海岸の土手の清掃。この土手は通りに面しているので、ガレキやゴミを片付けてきれいにする。ここには水産加工場があったが今は跡形もない。しかし、例え跡地でも、きれいになっていれば、この跡地を見た人の気持は多少は癒されるだろう。風が弱く日差しも暖か(と言っても気温0度)で作業がはかどる。

後ろの堤防は津波を防ぐために建築されたものだ。この堤防の門を閉めるために、多くの消防団の隊員の命が奪われたことはよく知られている。津波はこの堤防を越え、ある場所では堤防を破壊し市街地を襲った。


120210遠野ボランティア・赤浜学校バス停

一見すると以前と変わらぬ荒涼とした風景だが、よくよく見れば復興への芽吹きを見つけることができる。津波で荒野と化した市街地の真ん中に、真新しいバス停があった。人々の営みが徐々にではあるが、戻りつつある。


120210遠野ボランティア・観光船が乗った民宿

バス停のそばには、遊覧船「はまゆり」が乗っていた民宿がある。マスコミで盛んに報じられたこの船も、解体され屋根から下ろされた。


120210遠野ボランティア・大槌復興食堂昼食は大槌の復興食堂へ。津波に流された場所と残った場所の境目あたりに、住民の方々の憩いと住民と外部(ボランティアなど)の交流、さらには少しでも現地の雇用を増やそう、との思いで作られた食堂だ。

120210遠野ボランティア・復興食堂がっつらどん メニューは丼物主体。「がっつら丼」(500円)を頂く。甘辛い味付けの豚肉がたっぷり乗った丼だ。がっつらご飯がすすむ。今まで、現場ではおにぎりやリンゴばかり食べていたので、暖かいご飯を食べ、熱いお茶が飲めるなんて夢のようだ。

午後は午前に作業をした土手の近くの民家の花壇の清掃。その花壇は家主さんが、津波に洗われヘドロに覆われた土地に花が咲いているのを見て、家が流された跡地に作られたものだ。作業の前に隊長がこういった背景を説明する。我々はただ機械的にガレキをどけたり、ヘドロをすくったりするのではなく、こういった家主さんの気持に応えるにはどうしたらいいか、一人一人考えながら作業をする。

花壇のまわりにはガレキや大きな石が転がっていたので、それを片付けた。土が凍っていて小さな石をどかすにも苦労したが、春にはきれいな花が咲き並ぶことを願って一所懸命片付けた。荒地の真ん中の小さな花壇、それでも小さなことでも一つ一つ新しいことをやって行こう、という被災した方々の前向きな思いに頭が下がる。


120210遠野ボランティア・車窓から大槌 2時半に作業を終了し遠野に戻る。窓からの景色はやはり前回とほとんど変わりない。行政の対応が遅れているために、家を建てる事もできない。それは腹立たしくも残念でもあるが、しかし、被災した方々の手による小さな変化は確かにあった。

5時から宿泊所の清掃を行い、5時20分から全体ミーティング。それが終わればあとは自由時間。拠点が移転してからはじめて来たので、食事など勝手が分からない。とりあえず街に出てみる。

まず、浄水場から歩いて15分ほど、遠野駅の裏手にある銭湯「亀の湯」に行った。洗い場は広いが浴槽は狭く3人くらいしか入れない。早い者勝ちだな、これは。風呂の次は駅のそばのショッピングモール「トピア」へ。スーパーや産直が入っている。明日の昼食を買う。ここで、今や幻の銘酒となった、酔仙酒造の「雪っこ」の缶を発見。ためらわずに買う。そして、夕食は駅前の食堂「うめのや」でカツカレーを食べた。


ツルツル滑る雪道を浄化センターに戻る。買ったばかりの雪っこで一杯やって、シュラフにもぐりこんで寝る。今日も学ぶことの多い一日だった。


次回に続く)



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

posted by 惰性人 at 00:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | 震災復興支援

2012年02月18日

被災地の郷土芸能を世界へ〜遠野まごころネット4回目(3)

2/11 遠野市みやもりホール

前回の続き)

120211遠野ボランティア・魂呼ばりポスター

11日は被災地にとって特別な日。今日2月11日は被災された方々を招待して、遠野市みやもりホールで「魂呼ばり」というイベントが行われる。被災地の思いを郷土芸能にこめて海外公演を行う、その旅立ちのための1回目の公演だ。そのお手伝いに参加した。


今日の天気は晴れ。朝礼でまごころの代表が、今朝の気温は10℃と言っていた。ウソか本当か知らないが、遠野では気温に「マイナス」をつけないと言う...。でも風がないのでそれほど寒くは無い。

宿泊所から20人ほどが炊き出しの道具やのぼりを持って、バスに乗り込む。隣の席には小さな子供たちをつれて山に登るという、まめなパパさん山ノボラーだ。なんと、スペインで一年暮らしたことがあって、スペイン語が話せる。うらやまし〜。と思ったら、その隣は中米に数年暮らしていた方で、スペイン語がペラペラだそうだ。ところがどっこい、一番前の席に座っている方はバルセロナで10年以上暮らしていて、一時帰国をしてボランティアをしているそうだ。ツワモノ多し...。


120211遠野ボランティア・炊き出し準備 まずは舞台裏に回って、本日の演目の舞台設定のお手伝い。打面の皮が震えるのが見えるほど近くで、大太鼓の試し打ちを見ることができた。感動。
次は招待された被災された方々の食事の準備。写真ではのんびりしているが、この後、被災された方々を乗せたバスが次々と到着し、食事のための椅子が足りなかったり、ゴミ箱がなかったりてんてこ舞い。

120211遠野ボランティア・出演者の準備

出演者の準備も着々と進む。


120211遠野ボランティア・遠野湧水神楽 招待された方々がホールに入り開演。私も一息ついて観覧する。これは遠野湧水神楽。



大槌臼澤鹿子踊。大槌町は昨日行った町だが、写真で分かるように津波によって壊滅的なダメージを受けた。その中で地域の復興のため、みんなを元気付けるため、伝統の灯を消さないため、震災直後から練習を再開したという。ユーモラスな鹿子が、はじけるような太鼓の音に乗り、髪を振り乱して激しく舞う。


120211遠野ボランティア・照井良平さんの詩の朗読 陸前高田出身の詩人、照井良平さんの詩の朗読。ケセン語で朗読された「ばあさんの背中」は津波に襲われた陸前高田で、流された孫を思いたたずむおばあさんとの会話を詠んでいる。目頭が熱くなる。



雰囲気はがらりと変わり、勇壮な太鼓の音がホールに響き渡る。釜石市の「桜舞太鼓」。津波で練習場も太鼓もすべて流されたが、ガレキの下から太鼓を探し出し復活したとのこと。複数の太鼓の音がピッタリと重なり、その瞬間、音の弾丸が脳天を突き抜ける。マトリックスでマシンガンを打ちまくるネオも真っ青。とてもアマチュアとは思えない完成度。いや〜、かっこい〜、太鼓やりたくなっちゃうよ。


120211遠野ボランティア・鬼太鼓座公演引き続き太鼓。こちらはプロの「鬼太鼓座」。「桜舞太鼓」は海外公演に行かないということで、その桜舞太鼓の魂、バチを鬼太鼓座が携えて世界を回る。このやぐらの組み立てを手伝った。大太鼓は持ち上げるのに6人必要なほど大きく重い。

120211遠野ボランティア・魂呼ばり受付?

受付のおばあさん?いかにも遠野っぽい。


皆さんを見送り後片付けをして、浄化センターに戻るためにバスに乗り込む。隣ではシカゴから来ている、日本のお笑い大好きアメリカ人が、iPhoneで動画を見て笑っている。外国語のコメディーをここまで楽しめるのはうらやましい。


120211遠野ボランティア・11日はキャンドルナイト

まごころネットの毎月11日はキャンドルナイト。ロウソクで漢字ひと文字を形作る。これはなに?「結」だって。


120211遠野ボランティア・民宿遠野で食事 今日は遠野駅の裏手にある民宿「遠野」で、お風呂とご飯をいただいた。ご存知ひっつみ鍋やヤマメの塩焼きなど、ご当地ならではのメニューがならぶ。

そして宿泊所に戻ると...そこは山小屋と化していた。昨日よりもさらに人が増えていて、繁忙期の山小屋のごとく、寝るスペースはひとり一畳なかった。こんな寒い時期に来るなんて、なんて物好きな人が多いのだろう...(人のことは言えない)。


次回に続く)



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

posted by 惰性人 at 00:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | 震災復興支援

2012年02月19日

復興への道は険しい〜遠野まごころネット4回目(4)

2/12 遠野〜大槌町〜遠野〜大沢温泉

前回の続き)

この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、被災地やボランティアの様子を伝えるために許可を得て撮影しました。被災地は今なお復興の途上であり、たくさんの人々が頑張っていることを心に留めておいて下さい。


120212遠野ボランティア・宿泊所設備 最終日の朝。6時起床。消灯が22時なのでいつもよりたっぷり寝て健康になった気分。
朝起きてまず洗面台で顔を洗う。お湯が出てびっくりした。そして施設内にある給湯設備、電子レンジ、オーブントースターで朝食の準備をする。私はレトルトご飯を耐熱タッパに入れレトルト牛丼をかけ、スーパーで買ったエノキを刻んで入れて、レンジでチンした。

120212遠野ボランティア・宿泊所掲示板 掲示板。ここにボランティアの求人や、被災地のニュース、遠野駅周辺のお店の情報などが張り出される。毎日チェック!

120212遠野ボランティア・まごころネット宿泊 朝食を終え朝礼まで宿泊所でまったりのひと時。隣の人とおしゃべりをしたり、新聞を読んだり。
今日は人が多い。そのせいか昨晩は暑くてシュラフのジッパーをあけて寝ていた。(良い子はまねしないように)

120212遠野ボランティア・朝礼前ラジオ体操 朝礼の前に雪の中でラジオ体操。参加は自由だがほとんどの人がやっている。私も普段なら、斜に構えた高校生のごとく、「けっ、やってられっか」とか思うのだが、なぜかここでは渾身の力をこめてやってしまう。

120212遠野ボランティア・遠野市内 現在の気温は-5℃。遠野の気温は沿岸部の被災地に比べて5℃以上低い。そして、冬型の気圧配置の場合、沿岸部は晴れていても、ここはこのように吹雪だ。積雪量は多くないものの、天気は変わりやすく概して厳しい。

120212遠野ボランティア・新日鉄釜石のガレキを燃やす煙

釜石市内に入る。ビルが取り壊され、撤去された跡地が増えている。しかし、津波に襲われた痕跡がそのまま残る家もまだ数多い。

冷え込みのためだろうか、新日鉄釜石の煙が濛々と大きく上がっている。休むことなく被災地から集められたガレキを燃やし続けている。


120212遠野ボランティア・大槌町のガレキ仮置き場

大槌町に向かう途中にあるガレキの仮置き場。住宅だったと思われる廃材のガレキが、海岸に沿って見渡す限り積まれている。ここに積まれているガレキでさえ想像もつかない量だが、このようなガレキの山が三陸海岸に沿って数知れず築かれているのだ。一説によれば被災した自治体だけで処理するには10年以上かかるという。


120212遠野ボランティア・大槌町コンクリートガレキの山

うず高く山のように積まれているのはコンクリートのガレキのようだ。真ん中にJR山田線の橋脚と思われる残骸が残っている。ここは以前は住宅地だったのだろうか?それとも商業地?工場?いずれにせよここで暮らしていた人にとっては心の痛む光景だ。


このようなガレキを被災した自治体だけで処分していては、震災復興が進まないことは想像に難くない。しかし、ガレキの処理を受け入れる自治体はほとんどない。その理由のひとつが放射能汚染の不安だ。(例えばここ「がれき搬入方針撤回を」2/18 読売新聞) しかし、岩手県大槌町は福島第一原発から東京とほぼ同じ220Km離れ、空間線量も東京都東部〜千葉県北西部や東京都西部よりも少ない。(文部科学省「放射線量等分布マップ」)受け入れに慎重であることは大切だが、風評被害を恐れるあまり、逆に風評を広げるような態度は疑問だ。


震災直後の報道にあった、日本人の助け合う姿をもっと見せて欲しい。復興への道は険しい。


120212遠野ボランティア・折れたコンクリート製鳥居

海辺にある神社の鳥居は、太い鉄筋コンクリートの柱だったが、陸のほうへ折り倒されていた。

今日の作業は民家の片付け。建物自体は津波で完全に壊され、主だったガレキは撤去されてほぼ土台だけになっている。その土台がヘドロに覆われているため。掘り出してきれいに掃除する。誰でも自分の家が泥に埋もれたままではいたたまれない。できるだけきれいにして、少しでも家主さんの気持が明るくなればと思う。しかし、かなり大変だった。コンクリートや海岸から押し流された岩が混じったヘドロは黒く固く凍りついている。まずはつるはしで砕き、スコップですくい、一輪車にのせて捨てに行く。石炭の採掘のようだ。おまけに、あたりの建物はすべて津波でさらわれているため、遮るもののない海からの風が、ガレキの埃を巻き上げながら容赦なく吹き付ける。渋すぎる...


120212遠野ボランティア・大槌仮設商店街『福幸きらり商店街』 お昼は大槌の「復興きらり商店街」へ。小学校の校庭にプレハブが建てられ、スーパーや飲食店、美容院が営業している。復興の芽はここにも。でも小学校は被災して閉鎖されている。
なかなかの賑わいで飲食店はいっぱい。しかたないので、休憩所で持ってきたパンを食べる。休憩所ではニューヨーク在住経験のあるボランティア達が、海外生活の話で盛り上がっていた。う〜ん、やっぱりツワモノ多し。

120212遠野ボランティア・民家の清掃終了

午後はまた民家の清掃をやって、2時半に終了。あ〜、疲れた。頑張った。現場からトボトボと歩いて、バスの待つ駐車場に向かう。


120212遠野ボランティア・まごころの拠点、浄化センター 4時ごろ遠野に戻ってきた。やっぱり雪だった。荷物をまとめ、お世話になった皆さんに挨拶をして、3日間過ごした浄化センターを後にする。

(次回、番外編に続く)



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

posted by 惰性人 at 12:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 震災復興支援

2012年02月20日

義援金還付申告覚え書き

特定の団体に対して寄付を行った場合、確定申告すれば払った税金がいくらか戻ってくる。これを「寄附金控除」という。

私はサラリーマンなので源泉徴収だから、寄付をしても申告の手間が面倒で、今まではほったらかしにしておいた。しかし、東日本大震災で送った義援金は額も額なので無視できない。その上、すでに還付をあてにしてデジカメを買っちゃったし...。と言うことで寄付金控除を受けるための還付申告をすることにした。


義援金に関する所得税と住民税は国税庁「寄附金・義援金」、総務省「ふるさと寄付金など個人住民税の寄付金税制」にまとめて説明されているので、これを読めば原則すべてOK。でもリンクがあっちこっちに張ってあったりして分かりにくいところもある。


☆対象となる義援金


地方公共団体や日本赤十字社、そして認定NPOなどへの義援金。私はすべて地方公共団体なのでOK。


☆戻ってくる金額


所得税は、

(寄附金額(総所得金額等の80%を限度) − 2,000円) × 所得税税率

なので、金額が大きければ、ざっくり寄付金×税率だけ戻ってくる。


さらに、地方公共団体への寄付なので、「ふるさと寄付金」に相当して、

1. 基本控除=(寄付金額−2,000円)×10%

2. 特別控除=(寄付金額−2,000円)×(90%-所得税率)

3. 控除合計 = 1 + 2

が翌年の住民税から税額控除(この金額だけ税金をまけてもらえる)される。これはでかい。額によっては、所得税控除とあわせて、寄付金額-2000円が戻ってくることになる。ただし、

* 寄付額は総所得金額等の30%相当額まで

* 特別控除の金額は、個人住民税所得割額の10%まで

なる制限があるので、寄付金が多くなると戻ってくる割合が少なくなる。しかし、寄付をしてもこれだけお金が戻ってくると、実質的にいったい誰が寄付したのだかわからんな...


☆申告方法


国税庁のホームページに、WEB上で申告書を作成してプリントアウトできるシステム「平成23年分 確定申告書等作成コーナー」がある。これがとても使いやすいので、これで申告書を作成して税務署に送ればいいだろう。その前に、ここを読んでおこう。またここにある「所得税の確定申告の手引き(確定申告書A用)PDF」をざっと眺めて確定申告のお勉強をするのもいいかも。


書類の作成に必要なものは、源泉徴収票(サラリーマンだから)、寄付金の受領書(金融機関での払い込みの受領書&自治体のホームページ(例えば岩手県はここ)の写し。


あとは作成コーナーの指示に従って必要な項目を埋めていけば、所得税控除も、住民税控除もきちんと記入された申告書ができあがる。最後にすべてプリントアウトし、源泉徴収票と受領書を台紙に貼り付け(枚数が多いのですごいことになった...)、チェックリストに従って、あて先を書いた封筒に書類を入れて投函すればいい。


たぶんこれでいいはず。私もこれから投函するので、不手際なく処理が行われるかはまだ不明。


では皆さんもお早めに。




このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

posted by 惰性人 at 12:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 震災復興支援
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。