2011年07月11日

赤木沢、雲ノ平の写真を追加

夏山シーズンにふさわしい、2007年の赤木沢、雲ノ平山行記録の写真を見直し、大幅に増強した。


黒部の宝石箱へ・・・黒部川源流散策(1)


このコースは、ある日、地図を見て突然「つながるじゃん!」と発見して行ってみた。


黒部五郎岳、水晶岳の名峰や雲ノ平のお花畑、高天原の温泉を、赤木沢遡行、五郎沢下降、祖父沢遡行、と黒部川を縫うようにジグザグに結んでいく。沢も危険なところはなく、純粋に黒部源流の山々を楽しめる、我ながら上出来なコースだった。


ただ、唯一の難点は、500m下って沢床に下り、今度は500m登り返すという感じで、上下にもジグザグで、行動時間も長くしんどいことだ...




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2011年08月10日

自分で下りれや!

白馬岳から祖母谷温泉に下山する途中、清水岳でのことだった。濡れた岩で滑って転びそうになり、それを変な姿勢でこらえて太もものの肉離れを起こしてしまった。肉離れは骨と筋肉の接合部がはがれてしまう怪我で、筋肉に力が入らなくなり、動かすと激痛がはしる。


そのときはリーダーだったので、引きつった笑みを浮かべながら、大丈夫、大丈夫と言って、テーピングで固定し下山を続けた。片足を引きずりつつ脂汗をたらしながら...。6時間後、祖母谷温泉に到着。テントを張って、立っているのもしんどくて中に倒れこんだ。痛めた右足をかばいながら下りたので、左足の膝が痛む上に靴ずれがひどかった。


翌日、やっとのことで琴平に下山。富山を経由して東京に戻ったときにはすでに日は暮れていた。怪我をした足は、足首あたりから太ももの付け根まで、内出血で真っ赤に腫れボンレスハムのようにパンパンになっていた。通行人が見てはいけないものを見てしまった、というような表情で傍らをすぎる...そりゃ〜、肉離れをしたまま数時間歩き、2日もほっておいたのだから尋常じゃない。


そしてその翌日、やっと医者に行った。歩けないので、自転車に乗って左足だけでこいでいった。かかりつけの外科医は、「こんなの見たことない、血管炎かもしれない」とか言うので、「単なる肉離れです。肉離れの治療をしてください」と私が勝手に診察して、肉離れの治療をしてもらった。結局、普通に動かせるようになるのに3週間かかった。


なんでこんな痛い話をしたかというと、


「富士登山、携帯でSOS…有料知ると自力下山」(8/10 読売新聞)


はじめっから自分で歩いて下りれや!


最近では富士山に限らず、疲れて歩けない、とか、手を怪我したとか、まるでタクシーを呼ぶかのように救助を求める人が増えているらしい。


言い古されたことだけど、山は「自己責任」。そして、ほとんどの場合、登山とは単なる遊び。だから他人に迷惑をかけてはいけない。と言うことが登山の心得と教わってきたし、実際そう思う。

なので、救助を呼ぶのは自分ではどうにもならないときの最後の手段だ。命に別状がないならば、意地でも自力で下りる。もし、その心得を破ったらそれ相当の代償を払わなければならない。それは救助費用かもしれないし、事故報告書を書いた上で、ある程度の登山自粛かもしれない(山岳会では良くあるパターン)。


気軽に救助を呼ぶ困った人たちはどうしたらいいのだろう。野放しにしたら、本当に危ない人の救助に差し支える。やっぱり、救助費は実費負担にして、代償を払ってもらうしかない気がする。




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2011年08月22日

「ヒマラヤ 運命の山」

剱岳から帰った翌日、映画を観に行った。予定より1日早く下山したので取り立てて用事はなし。節電のためにも昼を挟んだ暑い時間帯に映画館で涼んでいた。


午前中に観たのは、


「ヒマラヤ 運命の山」


超人、ラインホルト・メスナーがナンガ・パルパット、ルパール壁を初登頂する物語だ。ご存知メスナーは、人類史上初の8000m峰全14座完全登頂(無酸素)を達成した。ナンガ・パルパットは原点とも言える最初の8000m峰だ。

このナンガ・パルパットでメスナーはザイルパートナーであった弟を失う。その真相は一緒に遭難したメスナー本人しか知らない。そこに光が当てられている。


良く撮れている。山が美しい。

しかし、登攀シーンは以前観た「アイガー北壁」ほどのリアリティはない。でも「バーティカル・リミット」のようないんちき登山映画ではなくて、ちゃんとした映画だ。


クライマーが高所でもオーバー手袋をせず、毛の手袋そのままなのがなんか気になる。当時はそれが当たり前だったのだろうか...


ちなみに午後は「海洋天堂」を観た。


男手ひとつで自閉症の息子を育ててきた父親が、癌でいくばくもない余命を宣告される。ひとりで生きて行くことのできない息子は、自分の死後どうなってしまうのか?

さえない中年男だが一途に息子を思う父親役のジェット・リーの演技が光る。


こっちのほうがいい映画かな。




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2011年08月28日

地ビール飲みまくり〜IBC2011審査終了ビール感謝試飲会

このブログを読んでいただいてる方は、たくさんの食事や酒の写真を見て、私が食い意地の張ったのんべえだと思われている方もいるだろう。

周囲からは異論はあるが、残念ながらおそらく45%くらいはそのとおりだ。


と言うことで、8/27に恵比寿ガーデンプレイスで行われた、「IBC(International Beer Competition)2011審査終了ビール感謝試飲会」に行ってきた。感謝されるようなことは何もしていないが、なんと、地ビールをはじめとするビール100種が2500円で飲み放題だ。


turugidake-110827-1.jpg 開場10分前にはこの行列。みんなビールが飲みたくてうずうずしている。
でも「のんべえ」とはイメージが違う若い人が多い。

turugidake-110827-1-2.jpg 本日のイベントの看板。

turugidake-110827-1.jpg 5時40分、会場の扉が開くと係員の指示に従って、順序良く入場する。受付で試飲用の100mlのビールグラスをもらって中に入る。と、そこからは順序もなにもない戦場だ。
テーブルに並べられたビールに向かって一目散に突き進み、目についたビールを片っ端から100mlの小さなグラスについで飲みまくる。

turugidake-110827-1-2.jpg クーラーボックスのようなビール・サーバーもある。

私は実を言えばラガー(下面発酵ビール)が苦手だ。1杯目はいいのだが、2杯目以降はうまいと思えない。そこでもっぱらエール(上面発酵ビール)を飲む。

エールもビール会社の数ほどにずらりと並んでいて、日本でエールがこんなにたくさん作られているとは驚いた。でも玉石混合。しかも駐車場の敷石のように石ばかり。タイのサラダかと思うほどコリアンダーが効いたものや、やたら甘いブラウン・エールなど。私ならスーパーで買ったシメイのほうがいい...伝統の味は強い。もちろん玉もある。銀河高原ビールのペール・エールはさすがにそつがない。一つ、うまいブラウン・エールがあったのだが、飲むのに夢中で憶えていない...


でも結局、ヒューグ醸造所などベルギーのビールを見つけて、そればかり飲んでいた。


turugidake-110827-1-3.jpg ずらりとならんだサーバーのビールを端からひと口ずつグラスについで、色、香り、味を確かめながら飲んでいる人がいた。仕事で来ているのだろうか。
でもほとんどの人はご覧のとおり、ただひたすら飲んでいる。

turugidake-110827-1-4.jpg 開場から1時間ほどした頃、主催者による乾杯があった。みんな出来上がってきてるので、異様なテンション。

turugidake-110827-1-6.jpg ビールはまだまだたくさんある。
エールやフルーツビールなど、もう何杯飲んだか分からない。少なくとも2リットルは飲んだだろう。酔いはしないが、お腹が炭酸ガスで破裂しそうだ。苦しい...もう飲めない。

turugidake-110827-1-7.jpg 珍しいビールがある。ミャンマーのビールだ。奇抜な味を期待したが普通にうまい。日本の大手ビール会社の下面発酵ビールに似ているが、個人的にはこちらのほうがまろやかでいい(だいぶ飲んだ後なので発言に責任は持ちません)。
後で調べたら、モンドセレクション金賞を何度も受賞しているようだ。

最後にもう一度乾杯があると言われたが、もう、お腹が苦しいので入場から1時間半にして早々に退却した。充実した試飲会だった。

日本地ビール協会ではこのような地ビールを一同に集めた「ビール・フェスティバル」を各地で行っている。興味があれば調べてみては。


日本地ビール協会(http://www.beertaster.org/index.html)




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2011年09月11日

あれから半年〜できることをする(2)

9月11日。大震災からちょうど半年。


テレビでは震災その日の津波の映像が繰り返し流されている。震災直後は何度も見た映像も、実際に被災地を見た今では正視できない。

真っ黒い濁流が街を襲う。その中では多くの人が飲み込まれ、家がなぎ倒され、車が引きちぎられていたに違いない。それが私が見た陸前高田の風景につながっている。


さて、震災から10日後の3月21日、被害の厳しい状況が次々と明らかになるなかで、自分にできることがない無力感を感じていた。そして、とにかく自分ができることをするのが復興の一歩と書いた。(「できることをする」)


あれから半年。できることをしてきただろうか?


いつもどおりの生活を維持したまま復興に貢献したい、さすがに飲まず食わずは嫌だ、と思っていた。いろいろ考えた結果、山に行く回数を半分にして、浮いたお金と時間を寄付やボランティアに当てることにした。


半年して振り返る。だいたいできたと思う。悪天候などで思ったほどボランティアに参加できなかったのが心残りだが...


今も被災地の復興はあまり進んでいない。被災地では荒涼とした景色が広がる。さらに義援金やボランティア参加者は減りつつある。被災した方々は被災していない人々に忘れられてゆくことを心配している。


まだまだできることはありそうだ。




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