2005年12月01日

クワイ川マーチにのって〜タイ・カンチャナブリーの旅(1)

航空券の安いときを狙ってタイに行こうと思い立った。が、あまり休みがないのでバンコクからほど近い、映画「戦場にかける橋」で有名なカンチャナブリーを旅することにした。

1日目 成田〜バンコク
2日目 バンコク〜カンチャナブリー
3日目 カンチャナブリー〜カレン族の村
4日目 カレン族の村〜カンチャナブリー
5日目 カンチャナブリー〜バンコク〜成田

成田空港 成田は快晴で風もなく穏やかな天気だ、とは言っても12月。薄着では寒い。これから向かうタイは熱帯で暑い。なるべく荷物を少なくしたいので成田まで何を着ていくか迷ってしまう。今日はTシャツにユニクロのフリースといういでたちだ。

機内食・全日空 本日の機内食は「鳥ごはん」または「海老とホタテのアメリケーヌソース」。どうもタイに行くという気分になれない。

ドン・ムアン駅 バンコク国際空港に到着したのは15:50、入国審査が混んでいてロービーに出たのは17:00、さらに空港を発ったのは18:40だった、、、。
市内まで鉄道で行こうと思いドン・ムアン駅を探してさ迷い(連絡通路を通り過ぎると、案内がなくなって迷う)、駅に着いてみれば列車の到着は1時間後なのでバスにしようと空港に戻れば、バスはもう終わり。また駅に戻って列車に乗ったのだった。

シーファー 列車が1時間ほど遅れ、ホアランポーン駅に着いたときにはもう真っ暗だった。駅に程近いツインタワーズ・ホテル(そこそこ高いが設備も朝食もいい)にチェックインし、サーヤム・スクエアの「See Fah」に飯を食いに行った。前回バンコクに来たときにここで食べたプーパッポン・カレー(蟹のカレー)に感激したのだが、今回頼んだメニューはそれほどでもなかった。



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

タグ:バンコク

2005年12月02日

ワット・ポーははずせないでしょ〜タイ・カンチャナブリーへの旅(2)

ホアランポーン 今日は午前中にワットポーに行き、午後一の列車でカンチャナブリーに向かう予定だ。歩いてワットポーを目指す。朝のバンコクの路地はちょっと東京の下町に似ている気がした。

ワットポー ワット・ポーにやって来た。でもお寺や巨大涅槃仏を見るためではない。もう十分見た。
目的は境内にある東屋でタイ古式マッサージをしてもらうためだ。バンコクにきたらはずせない。1時間320バーツでまさにこの写真のようにマッサージをしてくれるのだ。

ター・ティアン ワット・ポーを出てター・ティアンの船着場から船でチャオプラヤー川対岸のワンランに向かう。停船場の異なる多くの船が行き来しているが、英語のガイドもあり、停船場は船の旗で区別することができるので迷うことはない。

トンブリー駅 カンチャナブリー行きの列車はバンコク市街の西のトンブリー駅から出る。ここの駅前はのんびりした感じで大きな市場がある。ここでわけのわからないピーマンみたいであまり甘くない果物を2キロも買ってしまった。

セーンヤーイ 列車が発車するまでのあいだ、駅前の麺屋台で昼食をとった。麺の種類やスープ、トッピングを選べて1杯20バーツ。きしめんの倍ぐらいの幅があるセーンヤーイに汁を入れつみれを浮かべてもらった。うまい!

列車内 これがカンチャナブリー行き特急列車の車内。空港から乗った列車はぼろくて汚かったが、この列車はとてもきれいで清潔だ。座席が木のベンチなのがご愛嬌。水分補給のため駅で買ったわけのわからない果物を食べ続ける。

ミャンマーボーダー 列車はのどかな田園地帯を西へひた走る。なぜか線路のすぐわきで野焼きをしているところがいくつかあった。日本だったら絶対列車は止まるだろう。
車窓からミャンマー国境の山々が見えてくるとカンチャナブリーは近い。

カンチャナブリー屋台 カンチャナブリーに着いてとりあえず地球の歩き方の一番最初にあったホテル「リバー・クワイ」に行く。高いわりにはイマイチの感じだが面倒なのでチェックインしてしまった。
すぐにホテルをでて駅のそばにある屋台みたいな「グット・タイムズ・トラベル」に行き明日の旅の手配をした。これでとりあえずやることはやったので、ホテル前のオープンレストランで夕食。

カンチャナブリー夕食 やっぱりタイ料理はうまいよね。ビアガール(ビール会社から派遣されている販売促進のための女の子)にビールをついでもらいつつ料理を堪能した。



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

タグ:バンコク

2005年12月03日

ジャングルトトレック〜タイ・カンチャナブリーへの旅(3)

サイヨーク滝 昨日手配した旅はカンチャナブリー周辺の観光地を巡ったあと、ジャングルトレックをしカレン族の村を目指すもの。ジャングルを歩いて見たかった。
まず向かったのはサイヨーク滝だ。道路からすぐの木々の向こうにぬるっとした感じの岩の上を流れる滝がある。水遊びをしている人もいて市民の憩いの場の雰囲気だ。

HellFirePathメモリアル ヘルファイアー・パス博物館。ヘルファイアー・パスとは地獄の篝火の道の意味。
太平洋戦争中の1942年、日本軍はミャンマーへの補給線を確保するためにミャンマーへ続く鉄道の建設に着手した。作業員として連合軍捕虜約6万人、東南アジア人20万人以上が動員され、劣悪な作業環境や疫病により不明確ながら約半数が死亡したと言われる。その建設作業のための篝火が地獄の篝火に例えられた。
この博物館には当時の作業員の日記や絵などの資料が展示されている。他の国々の人々といっしょに日本軍のしたことの説明を聞くのはどうもばつが悪い。

ヘルファイアー・パス ヘルファイアー・パスからは今はのどかに国境の山々が眺められる。いつかあの向こうの国にも行ってみよう。

ヒンダー温泉 ヒンダー温泉は河のすぐ横に露天風呂があり、風呂で暑くなったら河に飛び込んで涼む。大勢の人々が楽しんで入っている。
私は海パンで入ったがタイの人々はみなシャツを着て入っている。肌を見せるのはマナー違反か、それともタイ人は恥ずかしがりやなのか、欧米人がビキニで入ってきたらみんな出て行ってしまった。

ジャングル1 温泉から車でカレン族の移住した新しい村に向かい、そこからカレン族の本当の村を目指しジャングルトレック開始。ガイドは親分と二十歳前後の女の子、そして十代の男の子だ。親分は英語で面白くないジョークを言ってあくまでもマイペース。女の子と男の子がいろいろと世話をやいてくれる。3人ともカレン族だ。
ジャングルといっても植生はほとんど密生した竹。かなりイメージと違う。

毒蜘蛛 親分が鼠のような巨大な毒蜘蛛を捕まえた。これに噛まれると死んでしまうそうだ。焼いて食べるとうまいがどうする?と本当だか冗談だかわからないことを言う。
巨大蜘蛛のほかにも象の足跡や大量の水を蓄えた竹だとかいろいろ教えてくれた。虎がいるから見つけたら一目散に逃げろといわれたが、これは本当なんだろうか、、、

ジャングル2 途中で踏みあとがなくなり川の中を歩く。日も暮れて暗くなってきた。ばてるなよ、と言った親分が真っ先にばてている、、、大丈夫か?

カレン族夕食 暗くなってから村に着いた。このツアーはなぜか客の我々がタイ料理を作り村人に振舞う。民族衣装をまとったおじさんに竪琴の演奏を教えてもらったり、皆で酒を飲んで歌ったり、なんだかよく分からないが楽しい夜を過ごした。
昔はここのカレン族はみなこの村に住んでいたが、今で伝統的な暮らしを捨てて便利な麓の村に移住した人も多いとのことだ。少年は沢山の人にカレン族のことを知ってほしくて旅行会社で働いていると言った。



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

2005年12月04日

本当のジャングル・クルーズ〜タイ・カンチャナブリーへの旅(4)

カレン族の村 夜は村のバンガローで寝た。昨日は暗くなってから村に到着したので明るくなって初めて自分がどんなところにいるかわかった。
ジャングルの合間の小さな村だ。家は高床の木造の素朴なつくりだが、太陽電池パネルと衛星放送のパラボラアンテナがあったりする。

オジギソウ 空き地には沢山のおじぎ草の花が咲いていた。道端には日本で買えばかなりするであろう蘭の花びらも落ちていたが、どこに咲いているのかよく分からなかった。おそらくジャングルの背の高い木の日の当たるてっぺんあたりだろう。

カレンの牛 村をブラブラしていると村人がみな笑顔で挨拶(サワディー クラッ!)してくれる。昨日一緒に酒を飲んだおじさんが身振りで着いて来いと言うので、行ってみると牛がいた。彼の牧場のようだ。
村を発つとき昨晩一緒に過ごした村人がみな並んでさよならを言ってくれた。竪琴を教えてくれたおじさんが走り出て私の手をぎゅっと手を握った。たとえお金のためだとしても、ちょっとばかし金を持っているだけの単なる観光客にはもったいないホスピタビリティーだ。

エレファントライド1 川を遡り苦労して村まで来たのだが、帰りは林道を歩いて下った。ちょっと拍子抜け。
途中で象が待っていてそれに乗る。象はかなり揺れて、ときどき文字通り道草を食って象使いに怒られているが、ジャングルだろうが川だろうがかまわず進む。戦争に使われたのを納得した。

エレファントライド2 象さん、お疲れ様でした。

筏下り 象の次は筏下りだ。遊園地のジャングルトレックみたいで妙に楽しい。
竹でできた筏を操って浅い川を下る。熱帯の花々の間を通ったり、川から巨大な果物が流れてきたりできすぎだ。

泰緬鉄道 カンチャナブリーに戻る途中で泰緬鉄道に乗った。クワイ川沿いの崖の縁を走る。車内は欧米人と思われる観光客でいっぱいで、写真も液晶を見ずに腕を思い切り伸ばして人ごみをかき分けて撮った。なぜか日本人観光客の姿はない。



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

2005年12月05日

戦場にかける橋〜タイ・カンチャナブリーへの旅(5)

戦争博物館 ホテル泊まりでは金がもったいないので昨晩は宿を「CAMELIA RESORT」というコテージにとった。ひどかった、、、。鍵が合わない、クーラーは壊れている、エクストラベットを頼んだのに持ってこない、、、。
さて、気を取り直して朝飯前に映画「戦場にかける橋」で有名なクウェー川鉄橋を渡りに行くことにした。途中には戦争博物館などというものがあって日の丸を掲げた蒸気機関車が展示してあった。

戦場に架ける橋 これが「戦場にかける橋」クウェー川鉄橋(クワイ川鉄橋)だ。日本軍がかけた橋は爆撃で落とされてしまって、この橋は後にかけなおされたものだ。
ほとんど列車が来ないので、みんな橋の上をうろうろしている。水面まで距離があって高度感がある。サンダルだとちょっと怖い。

朝ごはん屋台 橋を見た帰りに屋台で朝ごはんを食べた。ナマズのぶつ切りが入ったカレーがうまかった。ナマズはカンチャナブリーの名産らしい。

サーイ・ターイ バンコクへはバスで戻った。カンチャナブリーには列車に乗って田園の風景の中をやってきたが、バスは幹線道路をたどりにぎやかな街を繋ぐようにバンコクに向かう。それはまた興味深い。
バンコク南バスターミナル(サーイ・ターイ)は人々で溢れ活気に満ちていた。アジアは駅よりもバスターミナルのほうが賑やかな気がする。

ワット・サケット バスターミナルからワット・サケットへタクシーで向かった。200バーツと吹っかけてきたのを100バーツにしてもらったがまだ高い。タイはbeautiful、タイ人はkindなどと言っていたら60バーツにまけてくれた。
ワット・サケットは人工の丘の上に立つ寺院で、仏塔のからはバンコク市内を一望できるお勧めの場所だ。前回来たときはは夕日を見ようと思って行ったが17:00で閉ってしまって入れなかった。
ここでは中学生くらいの子供から老人まで熱心にお祈りをしている。

鯰 ここにも鯰がいた。食べてみたかったが、直前にタクシーの運ちゃんにバンコクの名物と言われたバナナのから揚げを山ほど食べていたのでとても食べられなかった。

ベンチャマ・ボビット ワット・サケットから北上しワット・ベンチャマ・ボビットにやってきた。大理石の壁、オレンジ色の瓦、金色の屋根飾り。夕日に照らされてとても美しかった。

王族 街の至るところに王様の写真が飾られ、木々はイルミネーションで彩られ、あちこちでブラスバンドの練習をしている。そう、今日はタイ国王ラーマ9世の誕生日なのだ。

ラーマ9世 大通りに沿って警官やブラスバンド隊が待機しているので、パレードがあるのではないかと思い、人が集まっているところへやって来た。
騎馬隊の行進が終わると警察の車らしきものが目の前に通り過ぎ、それを合図にするかのように通りに沿って立っていた人々が手を合わせた。そして王様を乗せたリムジンが目の前をすごいスピードで通り過ぎて行った、、、

王様を見たあと、サーヤムスクエアーであまりおいしくないタイスキを食べ、帰路、空港に向かった。サーヤムスクエアー周辺のタクシーは全然負けてくれない。相場を知っているのでその値段を言うと、平気な顔で、それじゃよそへ行け、と言う。みんなぼられているんだな。



このブログは引っ越しました。最新の記事はhttp://blog.geotrek.info/でどうぞ。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。