2010年01月13日

夜行列車でハルピンを後に〜中国・東北、漠河の旅(10)

12月29日 ハルビン散策(ウクライナ寺院〜極楽寺)〜ハルビン東駅

(前回の続き)

091229ハルビン極楽寺1

辛くて豚バラの油がこってりとした食事で体を温め、意を決して店の外に出る。ぬくぬくした室内から、-20℃に飛び出すには気合がいる。


交通量の多い東大直街をおっかなびっくり渡り、10分も歩くと極楽寺にたどりつく。極楽寺は中国東北4大寺院の一つで天台宗のお寺だ。雪が降っているためか、人影はまばらだ。


091229ハルビン極楽寺2

10元払って極楽寺の境内に入る。いくつもお堂があって、いくつもの仏像が安置されている。写真を撮ろうとしたら、撮影禁止だと怒られた。


雪が静かに舞っている。風の音さえない静寂の世界。ただ、お寺のおばさんが雪をほうきで掃く、サーッ、サーッと言う音がわずかに聞こえる。そのおばさんがニコニコといろいろ説明してくれた。聞いてもほとんど分からないんだけど...


091229ハルビン極楽寺3

極楽寺の東院には高さ37mの七級浮屠塔や、五百羅漢が並ぶお堂がある。西院と東院は通路でつながっているのだが、分からずにまた10元払ってしまった...


091229ハルビンマックカフェ 極楽寺の奥には旧ロシア人墓地などもあるのだが、写真を撮っていた右手がもう限界。これ以上、外にいたら手が凍る。急いで近くのマックに逃げ込んだ。
マックカフェの大を注文して手を温める。8元なり。ハンバーガより高い。店内は若い人が多く、明るく清潔で賑やかだ。隣の席の女の子はアイスなんか食べている...

さて、これからどこへ行こう、とガイドブックを見たがほとんどの観光施設は4時に閉まってしまう。もう30分しかない。しかたないので、ここで夕食まで時間をつぶす。

091229ハルビンソフィスカヤ寺院 バスでハルピン駅まで戻ろうとしたが、バスマップを持っていないので、どのバスに乗ればいいかわからない。適当に駅のほうへ行くバスに乗る。と、すぐ次の交差点であらぬ方へ曲り、線路を越えて駅の北へ行ってしまった。大いにあせる。
そして、降りたところにはなぜかライトアップされたソフィスカヤ寺院が...

駅の反対側の地街段でバスを降りた。ここを真っ直ぐ駅のほうに行けば、線路を越えられるはず。目を三角にして通りを突き進む。


091229ハルビン駅橋

なんとかハルピン駅横の、線路を渡る陸橋まで来た。ゴゴゴーッという地鳴りのような低い音が響いてくる。はじめ陸橋の下を通る列車の音かと思ったがちがった。陸橋は上は大渋滞で、車が隙間なく低速で走っている。その数え切れない車のタイヤが、厳しい寒さで砂のようになった雪をかむ音だった。


091229ハルビン大豊収1 夕食は東北料理の有名店、「大豊収 龍江殺猪菜第一家」。

内装は壁もテーブルクロスも花柄の赤で統一されている。店員も同じ赤の民族衣装を着て、おさげ髪で、よく漫画でみる中国人の女の子のかっこをしている。店は賑やかで忘年会にちょうどいい。店員による歌とコント(人民服を着て毛沢東語録を持っている?)のライブもやっている。

091229ハルビン大豊収2 おすすめの「大豊手収殺猪菜フイ(火へんに会)菜」を頼む。酸菜と豚の血の腸詰が煮込まれている。腸詰はちょっと鉄の味?がするがレバーほど臭みはない。さっぱりとしておいしい。
きゅうりの入った麺も頼んだが、これがコシがあって日本のラーメンそっくり。
そしてビールは、シグボトル、もしくは砲弾のような頑丈な1.6リットル缶、コップはどんぶりでびっくり。

ハルピン東駅に行くために、ハルピン駅でバスを探したが分からない。タクシーで行こうと車を停めるが、次々と乗車拒否。なぜ?行ってもいいと言っても100元だと言う(怒)。大量のビールを飲んだ体がどんどん冷え、列車の時間も迫ってきてあせる。


10台以上タクシーを止めて、やっと行ってくれるタクシーがあった。遠回りしながらノロノロと駅を目指す(怒)。それでも26元だった。でも降ろされたのは、暗くて狭い路地の入り口。「衛生具」の看板がある店がならぶ、真っ暗な小道を半信半疑で進むと、暗いハルピン東駅があった。


091229ハルビン東駅ホーム

インフォメーションでホームを確認し、お茶の葉と水を買った。改札を通りホームへ降りると、そこにはハルピン東発、漠河県行きK7041が停車していた。


列車番号を確認し、車内へ入ろうとドアの横にいる係員に切符を見せると、これはだめだと言う。この切符はハルピン発でここはハルピン東だそうな...。おいおい、もっと早く言ってくれよ。勘違いした俺も悪いが、インフォメーションではここだと言われたぞ。ブロークンチャイニーズ全開で、駅員がここだと言ったからここに来たんだ、と叫んだ。全く通じなかったに違いない、係員はめんどくさそうに、あごで「行け」という素振りをして、我々を乗せてくれた。


091229ハルビン軟臥客室 乗ってしまえばこっちのもの。予約したのは初めての「軟臥」、つまり1等車だ。定員4人のコンパートメントで、柔らかいマットと、布団、枕、ハンガー、スリッパが備えられ、テーブルの下にはお湯の入った魔法瓶も置いてある。
21時20分、笛の音とともにゆっくりと列車が動き出した。漠河到着予定は明日の18時35分。長い列車の旅の始まりだ。

091229チチハル 快適なベッドに転がり、ビールを飲んで早々に寝てしまった。
ふと目を覚ます。列車は停車し機関車の付け替えをしているようだ。カーテンをちょっとめくって外を見る。チチハルかな...とまたすぐ寝てしまった。

(次回へ続く)





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2010年01月14日

列車は北緯50度へ〜中国・東北、漠河の旅(11)

12月30日 (ハルピン東駅)〜漠河

(前回の続き)

091230車内での朝

ぐっすり眠った。寒さを心配していたが、車内はどちらかと言うと暑いくらいで、布団をかけずに寝た。

目を覚ましてカーテンを開ける。二重窓の窓枠にに透き通った厚い氷が凍り付いている。車内は暖かいが、外は夜が明ける前の、すべてのものが凍る青白い雪の世界。


091230日の出

7時ごろ日が昇ってきた。正確に言うと昇ったのではなく、地平線を覆うもやの中から、徐々にオレンジ色の丸い太陽が姿を現した。


暖房の入っていないデッキにある寒いトイレに行く。床が凍っていてスリッパだとツルツル滑る。便器の穴の向こうの、後へ流れ去る地面めがけて用を足す。すると、ドライアイスのような白い湯気がもうもうと立ちのぼ る。私がトイレを出ると、乗務員がやってきて、トイレにお湯をぶちまけ、凍ったものを融かしていた。


091230食堂車で朝食 中国で初めて食堂車で食事をする。4人掛けのテーブルが並ぶ立派な食堂だ。饅頭におかゆ、塩辛い付け合せの標準的な朝食。うまくはない。15元はちょっと高い。

コンパートメントに戻ったら、ドアに鍵がかかっていたが、すぐ乗務員が開けてくれた。なぜ彼が常に廊下にいたか分かった。コンパートメントの乗客がすべて出払うと、彼が鍵をかけるのだ。

091230内蒙古自治区の村

外の景色は、雪原、針葉樹と白樺の林、煙突のある平屋の家並でほぼ語りつくされる。何時間見ていても同じだ。


091230ジャガタチ駅 路線は黒龍江省を通る区間が長いが、一部内蒙古自治区も通る。その内蒙古自治区の加格達奇(ジャガタチ)に到着。大きな街のようで、アパートやビル、工場もある。列車に乗り降りする人も多い。

091230ジャガタチの煙突

加格達奇の工場の煙突。ここに限らず、煙突の煙がやけにモクモクしている。寒さのせいで水蒸気が湯気になりやすいのか、それとも単に煙を大量に吐いているだけなのか。


091230食堂車で昼食 正午を過ぎて食堂車で昼食。4つくらいのおかずから選べる。適当に選んだら、湯葉と玉ネギの炒め物がでてきた。玉ネギが辛い、生だ...うまい、まずい以前の問題だ。

中国人の学生らしき一群がやってきて、食事の写真をデジタル一眼で撮っている。食べ物の写真を撮るのは私だけでないようだ。

091230低い太陽

正午になっても太陽は高くならない。1時を過ぎれば太陽は低く弱々しく、夕方の黄昏時のようだ。北緯50度にやってきたことを実感する。


091230切符預かり票 列車に乗ると乗務員がやってきて、パスポートをチェックし、乗客名簿に記入する。そして、そのとき切符と切符預かり票を交換する。預かり票の裏にはこんな広告が。ちょっと怪しげな写真だが、革製品の店の宣伝のようだ。

091230塔河駅 14時、塔河駅着。ここまで来るとロシア国境、黒竜江(アムール川)が近くなり、線路は国境に沿うように西へ進路を変える。
多くの乗客は降り、車内には静寂と長旅の気だるさが漂う。車内販売だけが、元気に通路を通り過ぎてゆく。でも目的地まであと4時間半も残っている。

091230霜に覆われたドア 写真を撮ろうとデッキに出る。ドアは厚い霜に覆われていて、まるで冷凍庫の扉のようだ。そして私はその冷凍庫の中にいる。

091230漠河駅ホーム

18時30分、終点、漠河県駅に到着(地図はここ)。上下をスキーウエアで固め、靴下を履き替え、帽子とネックガードと手袋で武装して外に出る。思ったより多くの人が列車から降りた。外はそんなに寒く感じなかった。


091230漠河駅前 駅前にはヘッドライトを向けた車がびっしりと並んでいた。まぶしくて前が見れないくらいだ。さかんに客を呼び込んでいて、ほとんどタクシーのようだ。漠河はひなびた田舎町ではないらしい。

ホテルから出迎えがきていた。中国語しか話せないおじさんだ。こちらも必死で中国語で受け応えるが、五分の一くらいしか分からない。おじさんはどんどん大声になるが、声を大きくしても、分からんものは分からん!

お前ら着ているものが薄着過ぎる、と、くどくど言っているのは分かる...


091230漠河夕食 腹が減ったのでレストランに連れて行ってもらう。ガラスケースの中の食材を選んで注文する。メニューが無く、値段を聞きながら適当に注文した。味はまあ、無難な田舎料理レベル。

が、やられた。

請求書は注文したときの値段と一桁違う。文句を言ったら、客が集まってきて、「日本人○×△」と騒ぎ出し、騒然とした雰囲気に。おっさんもぐるだな〜。くそ〜、負けた。悔しいが言い値で払った。

値段が書いてないものは、事前に書き残しておくこと!


授業料は高くついた...私のような犠牲者を出さないために、店の名前を書いておきたいが、長くて憶えられなかった。確かxxx头骨館だったような。


091230北極村天気予報 怒り覚めやらぬままホテルへ。オーロラを見に来たはずだが、ホテルの窓は氷が張って外が見えない。部屋に入って温まってしまうと、-30℃、極寒の戸外には出れない...なんかどうでもよくなって、天気予報を見て横になった。明日行く北極村はかなり寒そうだ...
ホテルの壁が薄く、酔っ払いが大騒ぎする音でなかなか寝付けなかった。

(次回へ続く)



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2010年01月16日

-39℃、最果ての地、北極村へ〜中国・東北、漠河の旅(12)

12月31日 漠河〜北極村〜漠河〜北京

(前回の続き)

早朝6時、起きるなり、ヒートテックの下着に、冬山用のズボンとフリース、そしてダウンの上下、スキーウエアの上下。目出帽にブレスサーモのニット帽、ネックガード、冬山用の手袋、冬山用の靴下。完全装備に身を包む。部屋の中でちょっとでも動くと暑い。


そして6時半、チャーターした車で出発。昨日迎えに来たおじさんがドライバーだ。中国最北の村、北極村を目指す。北極と言っても北極、南極の北極とは関係なく、中国の北の極という意味らしい。大仰な名前だ。


チャーター代1日700元は高い。しかし、我々は午後の飛行機で北京に戻らなければいけない、ギリギリの日程だ。おじさんはその我々の弱みを知ってか、一銭も負けない。かと言って、新たに車を探す時間はないし、-39℃の外をうろうろしていたら死んでしまう...どうしても強気にでれない...


091231北極村への道 出発したときは真っ暗で、乳白色の濃い霧に包まれていたため、あたりの様子がまったく分からなかった。しかし、霧が晴れ、真っ赤な月が針葉樹の林に沈む頃、反対の空が白み始めた。そして、自分が青白い雪の世界にいることを知る。

針葉樹と樺の林が続く単調な景色にうとうとすると、八ヶ岳山麓をドライブしている錯覚におちいる。犬の散歩をしている人がいる。夢か幻か...いや現実だ。-40℃近い明け方に散歩をする人も人だが、ついていく犬も犬だ。


091231北極村ゲート 出発から2時間弱で北極村のゲートに到着。ここで60元とられる。村に入るだけで金をとるとは...

091231北極村工事現場

北極村は...村は村なんだけどイメージと違う。真新しい洋風の家が並んでいたり、3、4階建てくらいの立派なホテルがあったりする。さらに建築用クレーンが建ち並び、ビルを建設している。ここも中国各地の例にもれず、急ピッチで開発中のようだ。


おじさんが頼みもしないのに我々をホテルに連れて行った。朝食のようだ。だが、昨日散財したし、またボッタクリかもしれないので断った。こんなときのために食料は持参している。

金がないから朝食はいらないと言うと、おじさんは我々を別のホテルに連れて行った。ホテルの人と会話を交わすと、我々は台所に通され、なぜか従業員と一緒にまかない飯を食べることになった...


中国最北の碑は北極公園にある。おじさんは、歩いて行ったら寒くて死んでしまう、馬ゾリで行けとソリをすすめる。そんな馬鹿な。それに200元は高い...

悩んでいたら、中国人観光客に英語で(久しぶりの英語...)どうしたのかと尋ねられた。金がないから迷っていると言ったら、それが高いのか!?と笑われた...ほっといてくれ!!


091231北極村アムール川をそりで行く

結局、馬ゾリに乗っている...いや、乗っていると言うより、布団でグルグル巻きにされて、荷台に載せられて運ばれている。

かろうじて右手と首が自由になる。右手にデジカメを持ち、首を起こして、後に流れてゆく景色を撮る。この雪原は雪原ではない。中国とロシアの国境、黒龍江、アムール川の上をそりで進んでいるのだ。


091231北極村そりの馬

急坂の手前でそりを下りる。馬も寒いのが嫌なのか、言うことを聞かずに御者を手こずらせる。


風は穏やかで、日差しのまぶしい雲ひとつない天気。それでも私の-30℃までしか計れない温度計は未だ測定不能。完全防備で体は寒くない。しかし、軽登山靴を履いた足が痛い。そして、唯一、外気にさらされている目、まつ毛がどんどん凍って目が開きにくくなる。


091231北極村最北端の碑1 坂を登ればそこが北極公園で、中国最北端の碑があった。ここはモンゴルよりも北に位置する。

向こうはロシア。

091231北極村最北端の碑2

最北端の碑から、西に3分ほど行くとまた最北端の碑があった...笠取山みたいだ...。碑の横ではこの寒いのに、一生懸命雪を掃いている人々がいた。誰も来ないのに何してんねん。

091231北極村最北端の碑3 最初の最北端の碑に戻り、さらに東に3分くらい行ったら、また最北端の碑があった...中国人の発想は度を越えている。
借りた中華風防寒具を着て、記念写真。が、デジカメ動作が超スローでレンズがなかなか出てこない。と、動かなくなってピントが合わなくなった。凍った。
ポケットに入れておいたデジカメが凍った。ポケット内の温度を計ると-5℃だった。

御者に連れられ、5分ほど歩くと道路に出た...


またおじさんに騙された...

北極公園は駐車場からすぐ。行く人は騙されないように。


朝食を摂ったホテルに戻る。ホテルのドアは二重になっているが、それでもドアを開けると、冷凍庫を開けた時のような、白い冷気がサーと床を這って室内に流れ込む。本当に寒いんだ。


おじさんと合流して、正午過ぎに漠河への帰途に着く。と思ったが、おじさんは、車で日本の発電所の跡地とか、氷雪祭の会場とかに案内してくれる。こっちは飛行機の時間が心配なんだ、早くしてくれ〜と言っても気にかける様子もない。


091231北極村からロシア

車に乗ってしばらくして、やっとデジカメが融けた。別荘地の裏にでると、そこはアムール川の川岸だった。対岸にはロシアの民家が見える。あっちはこっちよりさらに寒いんだろうな〜。


091231北極村温度計 やっと私の温度計でも気温が計れるくらい暖かくなってきた。現在-29℃。

091231漠河ぼったくりホテル 行きと同じ道を漠河のホテルへ戻る。ここでまた、

やられた。

宿泊費は旅行会社に払ってあるはずだが、受け取っていないと言う。しまった、領収書もらうの忘れた。中国語の先生が「清給我開張発票」(領収書を下さい)は絶対憶えるように!と言っていたのを思い出した...
仕方ないので払った。ケツの毛まで抜かれるとはこのことか...

旅行会社にはホテル代と手配代50元あわせて300元を払った。そして、このホテルに150元をまた払った。この差額はなんなのだ。

旅行会社の不手際かホテルのボッタクリかは分からないが、両者に問題があるのは明らかだ。今回利用した旅行会社とホテルは以下のとおり。利用する人は注意して欲しい。

旅行会社:黒龍江省新世紀国際旅行社(ハルビン)

ホテル:神州北極村賓館

だいたいこのホテルはパスポートのチェックをしないことからして怪しい...


2時近くなり、おじさんが昼飯を食べに行こうと誘う。金がないから10元くらいの店に行こうと言うと、最低でも100元はする、と、またいい加減なことを言う...返事をする気力も起こらない。

いらない、と言うと、今度はこのホテルのまかない飯を食べることになった。鳥のぶつ切りの醤油煮だったが、けっこううまかった。でもぜんぜん元はとれない。旅行中に朝昼まかない飯(ただ飯)を食べる変な日。


091231漠河メインストリート

のんびりと構えるおじさんを急かして、漠河空港に向かう。漠河のメインストリートにはロシア風?のビルが建ち並ぶ。変な街だ。明るくなって分かったが、漠河は郊外には工業地帯があり、オフィスビルが並び、住宅地が広がる大きな街だ。漠河県の人口は8万人というから、大きいのはあたりまえか。


091231漠河空港

漠河空港は2008年にできたばかりの小さな空港だ。Google Mapに載っていない。HISで聞いてもすぐには分からないと言われた。中国南方航空に直接聞いて、空港の存在が確認できた。しかし、北京行きの出発時間がころころ変わる。なので、チェックインするまで、本当に北京に帰れるか心配だった。


くやしいので、おじさんに、「再見!でも二度と会わないよ!」と握手して別れる。防寒具をすべて脱ぎ、荷物に入れて検査を通る。ああ、あとはあの飛行機に乗るだけ。そうすれば文明国?(北京)に戻れる。


私がゲートにやってきたときには、北京から来た人がまだ飛行機から下りているところだった。それで、搭乗が15分遅れた。が、なぜか、出発は15分早い15時25分。出発時刻より早く出てしまう飛行機は初めてだ。


091231ハルビン空港 18時間かけてきた道程を1時間ちょいでハルビンに戻ってきた。北京に直接行かず、ハルビンを経由する。そして、ハルビンで飛行機を下りて2時間待たなければならない。
空港内には銀行のラウンジがあった。日本のクレジットカードのラウンジに相当するのか。
時間をつぶすのにカフェでコーヒーを飲もうと思ったが、50元、高い!で、お茶より安い飲み物、ビールを飲んだ。そうそう、ウエイトレスが注文をとりにくるのに20分かかった。さすが中国。

091231北京行き機内食 今まで乗った中国国内線はすべて機内食がでてきた。これは牛丼みたいなもの。それより、久しぶりのコーヒーがうまい。

091231北京空港 21時過ぎに北京空港着。ここまでくれば、うろうろしても凍死することはない。ひと安心。
北京空港の空港快速のホームの床はピカピカ。ここだけは文明国だ。

091231北京東直門

空港快速の終点、東直門駅で地下鉄に乗り換えようと思ったら、もう終わっていた。中国に来た日と同じパターン...また、外に放り出された。来た日は北京がやけに寒く感じたが、ハルピンや漠河で鍛えたためか、寒さを感じなかった。元気にホテルまで歩く。


深夜0時近く、無事ホテルに到着。シャワーを浴びて、無事の帰還を祝して同行者とビールで乾杯する(ビール飲みすぎ...)。テレビをつければ、北京のカウントダウンや、日本の除夜の鐘の映像が繰り返し流れる。そうか、今日は日を改め元旦なんだ。あらためて気付く。ぜんぜん年越しらしくない年越しをしてしまった。


(次回へ続く)



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2010年01月17日

困ったときの王府井〜中国・東北、漠河の旅(13)

1月1日 北京散策(王府井〜頤和園)

(前回の続き)

100101北京xin茂青年ホテル 今日は北京滞在で特に予定もないので、9時過ぎにぶらりとホテルをでる。

「北京xin茂青年ホテル」は東四十条の通りを一本入った静かな路地にある。地下鉄5号線・張自忠路駅からも近く、安くて清潔でよい。暖房はちょっと弱い。

100101北京長安街

とりあえず、困ったときの王府井でも行くかと、朝陽門大街を南に真っ直ぐ歩く。王府井は北京を代表する繁華街だ。

王府井へ右に曲がるタイミングをのがし、行き過ぎて長安街に出てしまった。天安門広場や人民大会堂に続くこの道も、今日は1月1日、祭日のためかやや交通量が少ない。


100101北京王府井

王府井到着。ここはいつものように、賑わっている。朝食を食べる場所を探す。前回、サソリを食べた王府井小吃街はパス。


100101北京狗不理 北京ダックで有名な全聚徳の向かいに狗不理という店がある。いつも賑わっていて気になっていたので入ってみる。

包子(肉まん)の店だった。包子と粥とおしんこのセットが40元くらい。うまいんだけど、これで40元はちょっと高いな〜。

100101北京地下鉄の広告 マックで食後のコーヒーを飲みながら、頤和園に行くことにした。

頤和園へ向かう地下鉄で、トンネルの壁にディスプレーがついていた。走っている列車の車内から動画の広告が見れる。

100101北京北宮門駅

北宮門駅で地下鉄を下りる。頤和園まで地下鉄13号線で行こうと考えていたが、昨年、建設中だった4号線が開通していて、頤和園北宮門のすぐそばまで地下鉄で行くことができた。北京は来るたびに地下鉄が増えている。


地下鉄の出口には、小さい屋台が出ていた。駅やバス停ならどこでも見られる光景だが、中国人は食事の時間でもないのに、こういった屋台でちょっとしたものを買っては食べている。しょっちゅう食べていて、胃がもたれたり、太ったりしないのかな。


北宮門でチケットを買い、客引きをしているガイドを振り払い、門をくぐった。


(次回へ続く)



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2010年01月22日

世界遺産・頤和園その1〜中国・東北、漠河の旅(14)

1月1日 北京散策(王府井〜頤和園)

(前回の続き)

頤和園の歴史は1750年に清の乾隆帝が造園した庭園から始まる。1860、1900年と外国軍に破壊されるたびに西太后が再建して、彼女は多くの時間をここで過ごしたと言う。1998年、世界遺産に登録された。


100101頤和園蘇州街

北宮門をくぐると、すぐに蘇州街がある。蘇州の町並みを再現したというが、蘇州ってこんなんだったかな...(ここ)。きっと昔の蘇州はこうだったんだろう。


船を浮かべる池は完全に凍結し、子供たちがソリで遊んでいる。


100101頤和園万寿山1

蘇州街を下に見て長橋を渡ると、目の前に万寿山がそびえたつ。その山腹から頂上まで、香岩宗印之閣やチベット仏教式建築の智慧海が、山肌を覆うように築かれている。


100101頤和園万寿山2

階段をどんどん上って行く。通路が複雑に入り組み、分岐し、ちょっとした迷路のようだ。地図をにらみながら、できるだけ多くの道を通ろうと右往左往するがなかなか難しい。


100101頤和園万寿山3

かなり上って振り返る。北京の街並みが一望できる、すばらしい景色だ...と言いたいところだが、空気がもやもやしていて遠くが見えない。


100101頤和園仏香閣1

山頂の智慧海のお堂を見て山の南斜面にまわると、頤和園のランドマーク、仏香閣がこれまた急な山腹の途中に建っている。高さ36m、見上げても全体像はよく分からない。


100101頤和園仏香閣から昆明湖

仏香閣から出ると景色が一変する。テラスのようになっていて、眼下に広がる昆明湖が一望できる。誰もがここでしばらく無言で湖を眺める。凍結した湖面が逆光で輝き、湖の上を歩く人々が黒蟻のようだ。


このでかい昆明湖の向こう側まで頤和園だ。でかいな。日が沈むまでに行けるかな?


100101頤和園仏香閣2

昆明湖の景色を堪能したあと、巨大な階段を下り仏香閣を後にする。正面の山の上にも、いわくありげな塔が建っている。あれも頤和園だろうか?さすがに違うみたいだ。


100101頤和園仏香閣3

巨大階段を下りて仏香閣を振り返るとこんな感じ。壁だ。レンガ?の色がいい。


100101頤和園金魚

あちこちに金魚の絵が描かれている。好きらしい。


100101頤和園排雲殿1

山の斜面を下りて行くが、右に左にたくさん建物があって、一つ一つ見ていくとぜんぜん前に進まない。が、ついに一番下までやってきた。排雲殿だ。掲げられた額には漢字と清朝の公用文字だった満州文字が記されている。


100101頤和園排雲殿

排雲殿から仏香閣が一直線に並んだ記念写真ポイント。


100101頤和園長廊

仏香閣とならぶ頤和園のシンボル、長廊。昆明湖に沿って東西728mの長さがあり、梁には絵巻物のように様々な絵が描かれている。


100101頤和園登山禁止の看板 山登りに気をつけろって...確かに万寿山は「山」だが、山登りってほどじゃないよな...

(次回へ続く)



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