2007年04月26日

とりあえず出かけましょうか・・・中国シルクロードの旅(1)

1日目 成田〜北京

今回の旅は北京から嘉峪関を鉄道、嘉峪関から敦煌をバス、敦煌からウルムチを鉄道とシルクロードを西へたどる予定だった。

しかし、北京から嘉峪関の列車の切符が取れずに、北京から西安そして嘉峪関と空路になってしまい極めて不満である。
列車に乗れないだけでなく、飛行機代と西安のホテル代で2万5千円ほど余計にかかってしまった。

とは言え、ここでやめるわけにもいかないので出発。

GWを翌々日に控えた成田空港は予想外に混雑していた。
その成田を14時過ぎに離陸し、靄(黄砂?)に霞む北京空港に到着、そしてホテルのある西単に着いたのは21時近かった。

北京に来たのは初めてだ。上海より道路は広く緑地も多い。故宮周辺のビルはホテルも含め1つ1つがどっしり大きい。

予約していたホテルは「北京皇城工商賓館」という、3つ星にしては安い上に繁華街に近いホテルなのだが、フロントで全く英語が通じず、おまけに日本人の宿泊手続きをしたことがないようで、ビザを見せろと言い出し、チェックインに20分ほどかかってしまった。

ここまでチェックインに手間取るのも珍しい。





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タグ:中国 旅行

2007年04月27日

踏んだりけったりの西安・・・中国シルクロードの旅(2)

2日目 北京〜西安

今日は空路、西安を目指す。
西安はもともと予定になかったが、列車の切符がとれなかったので嘉峪関への中継地として寄ることになった。

さて、早朝6時すぎにホテルをチェックアウトし、西単のリムジンバス乗り場に向かう。今日もいい天気だ。

驚いたことに天安門広場はもう観光客でいっぱいだ。なんて中国人は朝が早いのだろう。故宮の城内では軍人が格闘技の練習をしていた。

道路は渋滞していて空港まではかなりかかったが、搭乗の手続きはスムーズに進み、10時過ぎには西安にむけて飛行機は離陸した。眼下には茶色の丘陵地帯が広がっていた。

機内では国際線と同じような機内食サービスがあった。ありがたい。

西安国際空港からリムジンバスに乗り、街の中心部の鐘楼でおりた。バス停では空港会社の社員が中国人とは思えない、妙に礼儀正しい態度でホテルの紹介をしていた。彼は自分の名刺に「山田太郎」と書いた。

少し汗ばむくらいの陽気で、ブランドショップのならぶ目抜き通りの東大街は、カラフルなTシャツやワンピースを着た女の子達で平日の午後だと言うのに原宿のような賑わいだった。

インターネットで予約した申鵬国際商務酒店にチェックイン。中国のGWは宿が探しにくいと脅されたので、今回の旅ではほとんどインターネットで宿を予約済みである。ただ、日本からネット予約できるホテルは高めなものが多い。

フロントとボーイが笑顔で迎えてくれる。どうも中国人が笑顔でサービスしてくれると、下心があるのではないかと落ち着かない気分になる。

歩いて碑林に行ったあと、大崖塔に行くためにギュウギュウに混雑したバスに乗った。

ここで事件が起こった。

大崖塔でバスを下車し、塔の前の広場の写真を撮ろうとデジカメに手を伸ばすと、あるべき場所にデジカメがない!

デジカメはファスナーをあけて出し入れする小さなポシェット型のケースに入れてベルトに固定し、さらに上着の下に隠して見えないようにしてあった。
ところが上着をまくってケースのファスナーに手をやると、ファスナーが半分開いていて中はからっぽだった。

バスが混んでいた2,3分の間にすられたと思った。同行者はそこからするのは難しいから、ファスナーを閉め忘れて落としたのだろうと言った。
どちらにせよ買って1週間もしないデジカメと、ここまでに撮った写真数十枚を失ったのは間違いなかった...

予定になかった西安に数万円余計に払って来なければならなかったうえに、デジカメまで失くした。

かなりブルーな気分で大崖塔に登り、三蔵法師の像の後ろに広がる工事現場を眺め、ブルーな気分でホテルに戻り、ブルーな気分で夕食に出かけた。ブルーな気分だったが鐘楼のそばにある徳発長の餃子は美味しかった。

夜の鐘楼は美しくライトアップされていた。月の光も明るく街を照らしていた。そして、鐘楼に登れば東西南北の城門を眺めることができ、まさに中国の古都にいることが実感できた。

というわけで、今回の旅には写真が「ほとんど」ない。
サブカメラがあったので写真はあることはあるのだが、フィルムサイズが6x7で、中国でフィルムを買い足すことができなかった。


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2007年04月28日

砂漠へ・・・中国シルクロードの旅(3)

3日目 西安〜嘉峪関

今日は午後の飛行機で嘉峪関へ向かうので、午前中は小雁塔を登りに行った。

小雁塔は13層43mの石塔で最上部は地震で壊れている。狭くて登りにくいが、この最上部から西安市内を見渡すことができる。
境内は公園のようになっていて、中国の伝統楽器を演奏したり、扇を持って舞っている人々がいた。

市内からリムジンバスに乗り空港には正午に到着。
驚いたことに西安空港は国際空港でありながら、トイレが半中国式だった。それは、「便所の個室の隣との仕切りが低い」、「紙がない」ということだ。

海南航空機で嘉峪関へ向かう。
機体は30人乗りの小型ジェット機で、普通に立ったままでジェットエンジンを手で触ることができるほど小さい。エンジンには「Don't touch」のシールが張ってある。

乗るとコックピットへの扉が開いていて中が見える。
荷物入れが小さくてザックが入らない。しかたがないので中身を少し出して押し込めた。
民族衣装にも見える青いスーツを着た、観月ありさに似た、きりりとした面立ちの長身の客室乗務員が離陸のアナウンスをすると、たいして揺れることもなく、小さな飛行機は滑走路を離れた。

途中、蘭州に着陸して乗客の入れ替えをした後、再び離陸した。
蘭州を離れるとすぐに右手に雪をかぶった低山が見え、すぐ下には半月上の模様(砂丘?)がどこまでも続く砂漠が広がる。

そして緑が見えてきた頃、機体は砂漠の中に下りて行った。嘉峪関空港だ。

小さな空港のはずだが、だだっ広い。遠くに原子炉の煙突のようなものが林立した街が見える。その向こうには雪を抱いた山脈が。チーリエン山脈だろうか。

空港から市内まではバスはない。タクシーが列をなして客待ちをしている。

先頭にいたタクシーに値段を聞いたところ市内まで60元だと言う。高い!値切ろうとしたら、運転手はどのタクシーもこの値段だと言った。と、そのとき、後ろに並んでいたタクシーが一斉にクラクションを鳴らし始めた。むむ、新手の嫌がらせか。

嫌がらせに屈して60元払って市内へ向かった。

地球の歩き方によると、市内は活気がないとのことだが、中心街だけはデパートや市場があってなかなかの賑わいだ。
ホテル(嘉峪関賓館)にチェックインしたあと、隣のホテルのレストランで四川料理をたらふく食べ、満ち足りた気分でホテルへ帰った。

夜の8時をすぎて、やっとあたりは暗くなり嘉峪関に夜がやって来た。







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2007年04月29日

万里の長城の西の果て嘉峪関・・・中国シルクロードの旅(4)

4日目 嘉峪関(魏晋壁画墓群、長城第一トン、懸壁長城、嘉峪関)

070429嘉峪関の朝 今日もいい天気だ。嘉峪関は工業と観光を産業とする新しい街だ。ホテルの窓からは昇る朝日と、そして工場の煙突からたなびく煙が見える。

今日は嘉峪関の主だった観光地をまわる予定だ。しかし、まずは明日敦煌に移動するためのバスの切符を買いに行く。幸い、窓口で英語が通じてすんなり買えた。

ツアーがないか調べようと地球の歩き方にのっていた旅行会社を探したが、工事現場になっていてなくなっていた。ホテルで旅行会社を知らないかと聞いたら、このホテルが経営している旅行会社だがツアーはないとのことだ。

そこで、ホテルの前に止まっていたタクシーを1日チャーターした。魏晋壁画墓群、長城第一トン、懸壁長城、嘉峪関をまわって220元。ちょっと高いが、昨日みたいに嫌がらせを受けるのも嫌なので妥協した。

まずは砂漠の中に真っ直ぐ延びる並木道を時速120kmでぶっ飛ばして魏晋壁画墓群に向かった。砂漠の中に並木道?良く見ると道路に平行して土に溝が掘られていて、その溝に木が植わっている。決まった時間にその溝に水を流して小川のようにして木に水をやるらしい。

魏晋壁画墓群は魏の時代の墓が1000以上ある場所。そのうちの一つが公開されていて、階段を下りて地下に入ると鮮やかな壁画のある墓室を見ることができる。面白いのは、その壁画は日常生活を描いたもので、豚を解体する絵があるのだが、さらにご丁寧に実物大ではないかと思われる豚肉のばら肉のような絵まで描かれている。

070429天下第一烽火台 長城第一トンへ向かう。砂漠の中道は時折砂塵で視界がなくなる。
長城第一トンは明代の万里の長城の西の端だ。東から延々と数千キロ続く長城はこの砂漠の中の断崖で突然終わる。これが見たくてわざわざ嘉峪関に来たのだ。

それにしても長城第一トンのまわりは柵で囲まれていて写真が撮りにくい。テーマパークみたいなのもあるし、もうちょっとあたりの景観と合わせる工夫が欲しい。

070429嘉峪関 ここは万里の長城の西の端の関所「嘉峪関」だ。嘉峪関市の名前はここから来ている。どっしりとした土塁の上には楼が築かれ、その向こうには雪を頂いた山々が見える。この楼からは、嘉峪関から風化した長城が長城第一トンまで真っ直ぐに延びている。

雄大な風景、風は涼しく気持ちいい。しかし、日差しは熱を感じるくらいきつく、空気が乾燥して口がカラカラだ。ゴビ砂漠の真ん中にいることを実感する。

070429懸壁長城 車が懸壁長城に近づくと並木道の奥に、天に昇る龍のように空に向かって延びる長城が見えてくる。なんでこんな岩山の尾根に壁を作ったのだか、、、。階段は急だがしっかり補修されているせいかあまり高度感はない。

070429懸垂長城2 20分ほどかけて登った頂上からの景色は壮観だ。嘉峪関のオアシスが広がり、その向こうには例の煙突が見える。右手には別の岩尾根があり、そこにも長城が築かれている。そして左手には果てしなく砂漠が広がっている。そしてなぜか砂漠の真ん中に犬と歩いている人がいる。

昼過ぎには市内に戻り、市場やデパートぶらぶら散歩した。デパートの前ではウエディングドレスのファッションショーをしている。カメラを構えると係員がとんできて撮るなとゼスチャーする。けち。

今晩は昨日のホテルとなりのホテルのレストランに入った。ここで飲みたかった長城ワインを飲んだ。メニューには載っていなかったが、聞いたら赤のボトルを持ってきてくれた。典型的な若い赤の味だが、渋みが少なく軽くて飲みやすかった。

「地球の歩き方2004-2006」の記述と違っているもの多いので参考までに
入場料 魏晋壁画墓群 31元
長城第一トン 21元
懸壁長城 21元
嘉峪関 61元
嘉峪関賓館にレンタサイクルはない。




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2007年04月30日

憧れの敦煌へ・・・中国シルクロードの旅(5)

5日目 嘉峪関〜敦煌

今日はバスで憧れの敦煌に向かう。敦煌は特に日本人に人気の観光地らしいが、私も井上靖の「敦煌」を読んでからぜひ行ってみたいと思っていた。
嘉峪関には明代の長城の西の端があったが、敦煌には漢代の長城が残っている。また、ここには玉門関、陽関という中国史にたびたび登場する関がある。まさに敦煌が中華帝国と西域を分ける境界だった。

10時30分発の敦煌行きのバスに乗るためバスターミナルに行く。バスターミナルの中にはなぜかビリヤード台が何台かあって、明らかに乗客ではない青年達がくわえタバコでビリヤードをしていた。ここは禁煙である。
10時20分になったのでバスに乗ろうとするが、なぜか改札でダメだといわれる。切符は確かに持っている。
乗り場を間違えたかと思ってうろうろするがここしかない。出発時間がせまり、冷や汗タラタラでおろおろしていると昨日切符を売ってくれた人を見つけた。彼女に言うと、彼女が慌てて改札に何か言い、それで改札は我々を通してくれた。何がおこったのだ?

バスに乗り込みほっと一息ついていると、車掌がやってきて切符を見せろと言う。取り上げた切符を見て盛んに「1,2,3,4うんたらかんたら」と言い、ドライバーやら改札の係員と何か議論している。訳が分からないがこれで出発が30分遅れた。

前回の蘇州もそうだったが、なぜバスにすんなり乗ることができないのだろう?

バスは市外に出て高速道路に入る。と言ってもまだ工事中で、片側2車線しかできていない。その2車線の右が敦煌方面、左が逆に嘉峪関方面と1車線ずつ使い分けている。

果てしなく広がる黄色い砂漠の中に、地平線に吸い込まれるように真っ直ぐに道が続いている。ドライバーは地平線の彼方にキラリと光る対向車を確認し、前の車を追い越しにかかる。やがて対向車が近づきライトをパッシングしてバスのドライバーに注意を促す。そのライトはアスファルトの上に揺らめき広がる逃げ水に反射して4つに光っている。

とにかくここには乾いた砂と礫と荒地と照りつける日差ししかない。玄奘三蔵は1600年前にここを旅したのだ。

途中、高速道路の路肩に立っている人を乗せたり、あるいは砂漠の真ん中で人を下ろしたりしながらバスは玉門市に到着した。
オアシスには畑や田んぼが広がり、街中もそこそこ賑やかだ。オアシスは砂漠という海に浮かぶ島のようなものだろう。
トイレ休憩が20分あったので何か食べようと思ったが、どの店も判を押したように煮卵とでかいパンしか売っていない。

砂漠の中を走っていると砂漠にもいろいろあることに気付く。赤い砂、黄色い砂、砂丘があるところ、草がちょぼちょぼ生えているところ、まっ平で礫が転がっているところ...

15時に安西市でトイレ休憩。ここのトイレも完全中国式。
ここで高速道路と別れ敦煌に向かう。しかし、道は新しく、相変わらず砂漠の中を真っ直ぐに延びているので、バスは高速道路と同じようにとばしている。
やがて右手に線路が見えてきた。これが最近、柳園から敦煌まで延長された路線だろう。

正面に木々が見える。そしてバスは砂漠と別れオアシスへと入っていく。木立に恵まれ、畑が広がる普通の農村の風景になった。敦煌に入ったのだ。
16時35分、敦煌着。バス停にはホテルと鉄道の切符の手配をお願いした旅行会社(敦煌中国国際旅行社)の方が待っていた。

街はきれいだ。僻地のひなびた街を想像していたが、かなり賑やかで西安を小さくしたような感じだ。

ホテルは「陽関大酒店」。ツインで300元以下の条件で旅行会社の人に手配してもらったホテルだ。窓から鳴沙山が見えなかなかよい。

明日のツアーを探しに街の旅行会社をあたる。敦煌中国国際旅行社は日本語ガイドつきで1000元と言っていたがこれは高すぎる。バスターミナルの横にある旅行会社(名前を忘れてしまった...)は日本語も英語も通じないが、1日ツアー150元と言うことなので即断した。

070530鳴沙山 夕暮れを狙って鳴沙山へ行く。街中からも見ることができる大きな砂山だ。日暮れと、満月に照らされた夜が美しいと言う。ちょうど今日は満月だ。

070530鳴砂山夕日 鳴沙山の手近なピークに登るのに20分くらいかかる。とにかくサラサラした砂に足をとられて歩きにくい。20時ちょうどに山頂についた。夕日も月牙泉の向こうに沈もうとしている。

日が沈んだあと砂丘を滑り降り、月牙泉にある塔に登った。砂丘は満月に光に照らされて白く輝いていた。ただし、砂丘の上では高校生くらいの子供たちが大声で騒いでいるので雰囲気がぶち壊しである。

10時にバス停についたらもうバスはなかった...街まで6キロ。
運良く、街まで歩いている途中でタクシーを捕まえることができた。

賑やかな夜市で、きしめんの冷やし中華風?といくつかのどこかの?肉の串焼きを食べ、杏水?を飲んでホテルに戻った。


参考:
入場料 鳴沙山 80元
バス 嘉峪関〜敦煌 70元




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